- 南アフリカ大統領について
- 南アフリカ連邦 総督 Governor-General(1910年 – 1961年)
- ハーバート・グラッドストーン、初代グラッドストーン子爵
Herbert John Gladstone - シドニー・バクストン、初代バクストン伯爵
Sydney Buxton, 1st Earl Buxton - コノートのアーサー王子
Prince Arthur of Connaught - アレクサンダー・ケンブリッジ、初代アスローン伯爵
Alexander Cambridge, 1st Earl of Athlone - ジョージ・ヴィリアーズ、第6代クラレンドン伯爵
George Villiers, 6th Earl of Clarendon - パトリック・ダンカン卿
Sir Patrick Duncan - ニコラス・ヤコブス・デ・ウェット
Nicolaas Jacobus de Wet - ギデオン・ブランド・ファン・ジル
Gideon Brand van Zyl - アーネスト・ジョージ・ジャンセン
Ernest George Jansen - ルーカス・コーネリアス・スタイン
Lucas Cornelius Steyn - チャールズ・ロバーツ・スワート
Charles Robberts Swart - ルーカス・コーネリアス・スタイン
Lucas Cornelius Steyn
- ハーバート・グラッドストーン、初代グラッドストーン子爵
- 南アフリカ共和国 儀礼的国家大統領 (1961年 – 1984年)
- チャールズ・ロバーツ・スワート
Charles Robberts Swart - テオフィラス・エベンハェゼル・デンゲス
Theophilus Ebenhaezer Dönges - ジョズア・フランソワ・ノーデ
Jozua François “Tom” Naudé - ヤコブス・ヨハンネス・フーシェ
Jacobus Johannes “Jim” Fouché - ヨハンネス・デ・クラーク
Johannes “Jan” de Klerk - ニコラス・ヨハンネス・ディーデリヒス
Nicolaas Johannes Diederichs - マレー・フィリューン
Marais Viljoen - バルタザール・ヨハネス・フォルスター
Balthazar Johannes Vorster - マレー・フィリューン
Marais Viljoen - マレー・フィリューン
Marais Viljoen
- チャールズ・ロバーツ・スワート
- 南アフリカ共和国 行政国家大統領 (1984年 – 1994年)
- 南アフリカ共和国 大統領 (1994年 – 現在)
- 参考リンク
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南アフリカ大統領について
大統領は、憲法第5条にあるように、国家元首であるとともに、憲法の擁護尊重義務を持ち国家の統一・発展を促進する義務を負う。下院(国民議会)の総選挙後、下院は、下院議員の中から大統領を選出する。憲法には具体的な任期についての年限の規定はない。
しかし、総選挙後に新大統領を選出することから、実質的に下院と同じ5年であると考えられている。同一人物が3期以上選出されることは禁止されているが、大統領代行への就任は認められている。
南アフリカ連邦時代(1910 – 1961)は、元首であったイギリス国王の代理として南アフリカ連邦総督職が設置されていた。
1961年のイギリス連邦脱退による南アフリカ共和国の建国に伴い、国家大統領(アフリカーンス語: Staatspresident、英語: State President)が置かれるようになった。共和制移行後も、南アフリカ共和国の政体は議院内閣制を維持しており、行政権は首相が握っていたことから、大統領は儀礼的な名誉職であった。
1984年のカラード、インド系住民の国政参加に伴う憲法改正により、それまで行政権を有していた首相職は廃止され、大統領が行政権を有することになった。
南アフリカ連邦 総督 Governor-General(1910年 – 1961年)
- 1910.5.31 イギリスの自治領南アフリカ連邦が成立
- 1934 イギリス国会で南アフリカ連邦地位法が可決、正式に主権国家として規定
- 1961 アパルトヘイト政策への国際的批判に反発しイギリス連邦を離脱、共和制へ移行し南アフリカ共和国が成立
総督は南アフリカにおける君主の代表者であり、君主の権限のほとんどを行使した。総督は君主の意向に応じて無期限に任命された。1931年のウェストミンスター法と1934年の連合地位法が可決された後、総督は英国政府の関与なしに南アフリカ内閣の助言のみに基づいて任命されるようになった。欠員が生じた場合には、首席判事が政府行政官を務めた。
代
氏名
在任期間
事績
初
ハーバート・グラッドストーン、初代グラッドストーン子爵
Herbert John Gladstone
1910.5.31
–
1914.9.8
1910年の人事異動で内務大臣を解任、初代南アフリカ総督および同高等弁務官に任命される
1912.1.8 ブルームフォンテーンで南アフリカ先住民民族会議が設立(後のアフリカ民族会議:ANC)
1913 原住民土地法(ホームランド指定)
1914.7.28 第一次世界大戦勃発
1914 マリッツ反乱:ブール人共和国再興を目指す
2
シドニー・バクストン、初代バクストン伯爵
Sydney Buxton, 1st Earl Buxton
1914.9.8
–
1920.11.17
1914 第一次世界大戦勃発に伴う南アフリカ国民の一部による反乱
1915 ガンディーがインドへ帰国
首相ルイス・ボータ将軍と連携し、南西アフリカのドイツ植民地へ侵攻
3
コノートのアーサー王子
Prince Arthur of Connaught
1920.11.17
–
1924.1.21
ヴィクトリア女王の孫
バクストンの後を継いで南アフリカ総督兼最高司令官に就く
1922 ラントの反乱
1923 原住民(都市地域)法(アフリカ人居住区:後のタウンシップを白人地域から隔離)
4
アレクサンダー・ケンブリッジ、初代アスローン伯爵
Alexander Cambridge, 1st Earl of Athlone
1924.1.21
–
1931.1.26
1924 産業調停法:登録労働組合の会員から黒人を除外、白人の雇用確保を規定、黒人労働組合の登録を禁止
1925 賃金法:産業評議会の対象外の労働者の最低賃金を定める賃金委員会を設立
1925 第二公用語をオランダ語からアフリカーンス語に置き換え
1926 鉱山および事業修正法:インドの鉱山労働者を熟練した職から排除、鉱業における人種隔離を強化
1927 老齢年金法
1928 南アフリカ独自でかつその中に連合国旗を含む国旗の採用でナショナリズムの問題を解決
1930 南アフリカ鉄鋼産業公社の設立
1930 白人女性の女性参政権を承認
5
ジョージ・ヴィリアーズ、第6代クラレンドン伯爵
George Villiers, 6th Earl of Clarendon
1931.1.26
–
1937.4.5
イーストロンドンにあるクラレンドン女子高等学校とその関連学校であるクラレンドン小学校およびクラレンドン予備校は、彼の名にちなんで命名
1931.12.11 ウェストミンスター憲章が採択、南アフリカは自治国からイギリス連邦内における独立国となる
1934 連邦地位法:南アフリカの主権国家としての地位が確立
1936 原住民土地信託法(ホームランド指定)
1936 国人が一般の有権者名簿から完全除外
6
パトリック・ダンカン卿
Sir Patrick Duncan
1937.4.5
–
1943.7.17
1939 連邦が第二次世界大戦に参戦すべきかどうかの問題で総選挙の実施を拒否
→総選挙、ヘルツォークからスマッツへ首相交代
在職中に死亡
–
ニコラス・ヤコブス・デ・ウェット
Nicolaas Jacobus de Wet
首席判事による総督代理
1943.7.17
–
1946.1.1
1913年から1929年まで南アフリカ党政府で法務大臣
7
ギデオン・ブランド・ファン・ジル
Gideon Brand van Zyl
1946.1.1
–
1951.1.1
ケープタウン生まれ
1949 雑婚禁止法:異人種間での混交禁止
1950 背徳法:異人種間での混交禁止
1950 人口登録法:個人を人種集団に分類する基準を定める
1950 枢密院上訴法
8
アーネスト・ジョージ・ジャンセン
Ernest George Jansen
1951.1.1
–
1959.11.25
アフリカーナ民族主義者であり、屈強な共和党員のため、儀式用の制服を着ることも、自らが代表する君主への忠誠の宣誓も拒否
1953 分離施設留保法
1955 ANCが「自由憲章」を採択
1959 ANCから分裂してパンアフリカニスト会議(PAC)が結成
在職中に死亡
南アフリカ共和国 儀礼的国家大統領 (1961年 – 1984年)
- 1961年憲法により、英国王に代わって国家大統領が儀礼上の国家元首となる
- 行政権は議院内閣制により首相にある
- 国家大統領は議会によって選出され、任期は7年
- 欠員が生じた場合、上院議長が国家大統領代理を務める
代
氏名
期
在任期間
事績
初
チャールズ・ロバーツ・スワート
Charles Robberts Swart
1
1961.5.31
–
1967.6.1
1966.9.6 フルウールト首相(アパルトヘイトの建設者)が議会補佐官ディミトリ・ツァフェンダスによって刺殺
1966.8.26-1990.1.15 南アフリカ国境戦争
辞任
2
ヤコブス・ヨハンネス・フーシェ
Jacobus Johannes “Jim” Fouché
2
1968.4.10
–
1975.4.9
任期を全うした唯一の国家大統領
1968.6.5 有権者別代表法改正法公布
1968.8.15-23 マフェヘ事件
3
ニコラス・ヨハンネス・ディーデリヒス
Nicolaas Johannes Diederichs
3
1975.4.19
–
1978.8.21
在任中に死去
1976.6.16-18 ソウェト暴動
1976 トランスカイなど4つのバントゥースタンを独立させる
1977 モルダーゲート発覚
1977 スティーブ・ビコ危機
–
マレー・フィリューン
Marais Viljoen
3
1978.8.21
–
1978.10.10
上院議長による兼任(1回目)
穏健派
1978.9.29 国連安全保障理事会決議435:南アフリカが支配する南西アフリカにおける停戦と国連監視の選挙が提案、最終的にナミビア独立につながる
南アフリカ共和国 行政国家大統領 (1984年 – 1994年)
- 1983年憲法の下では、国家大統領は国家と政府の両方の長だった
- 国家大統領は議会が選んだ選挙人団によって選出され、次の総選挙まで務めたが、再選の資格があった
- 欠員が生じた場合、内閣は国家大統領代理となる議員を指名する
- 首相廃止(議院内閣制停止)、大統領に行政権が移される
代
氏名
期
在任期間
事績
6
ピーター・ウィレム・ボータ
Pieter Willem Botha
6
1984.9.14
–
1989.1.19
1985.8.15 ルビコン演説
1986.10.2 米国の包括的反アパルトヘイト法発効→非常事態宣言
軽い脳鬱血に見舞われ職務離脱
7
フレデリック・ウィレム・デクラーク
Frederik Willem de Klerk
7
1989.9.20
–
1994.5.10
1990 核兵器計画の停止命令(核軍縮のプロセスは基本的に1991年に完了)
1990.2.3 アフリカ民族会議(ANC)合法化
1990.2.11 ネルソン・マンデラ釈放
1990.6 非常事態宣言を解除
1991.2 国会演説ですべてのアパルトヘイト法の廃止を宣言
6. 人口登録法、原住民土地法、集団地域法を廃止したことによりアパルトヘイトが法律上無くなる
1992.6.17 インカタ自由党によるボイパトン虐殺
1992.9.7 ビショ虐殺
1993.4 南ア共産党書記長クリス・ハニ暗殺
1993.6.25 ケンプトンパーク世界貿易センター襲撃事件
1993.12.10 ネルソン・マンデラと共にノーベル平和賞を受賞
1994.4.26-29 南ア初の普通選挙(多民族総選挙)実施
南アフリカ共和国 大統領 (1994年 – 現在)
- 1994.4 同国史上初の全人種参加の総選挙が実施、アフリカ民族会議(ANC)が勝利
- 1996 新憲法が採択
- 南アフリカ大統領は国家と政府の両方の長である
- 大統領は国会によって選出され、次の総選挙で期限切れとなる任期を務める
- 大統領は最大2期を務めることができる。欠員が生じた場合には、副大統領が大統領代理を務める
代
氏名
期
在任期間
事績
8
8
1994.5.10
–
1999.6.16
1994.5.10 国民統一政府、第2副大統領にF.W. デクラークを迎える
1995.5.25-6.24 ラグビーワールドカップ
1996 真実和解委員会(TRC)創設
9
9
1999.6.16
–
2004
2002.7.9 アフリカ統一機構(OAU)が改組されアフリカ連合(AU)となる
2003.6.6 IBSA対話フォーラム ブラジリア宣言
10
2004
–
2008.9.24
2005.6.8 シャビール・シャイクが有罪判決
2005.6.14 ズマ副大統領を解任
2005.12.6 ズマ元副大統領が強姦罪で起訴
2007- エネルギー危機:公共電力会社エスコムのロードシェディングが開始
2007.12 第52回アフリカ民族会議全国会議(ポロクワネ会議)
2008.5 外国人排斥暴動
2008年、ズマ率いるANC全国執行委員会から辞職勧告を受け大統領を辞職
–
アイビー・マトセプ・カサバーリ
Ivy Matsepe-Casaburri
アフリカ民族会議
(ANC)
10
2008.9.25
タボ・ムベキの辞任からカレマ・モトランテの就任までの14時間の暫定的な憲法上および公式の国家元首に内閣によって選出
10
10
2008.9.25
–
2009.5.9
2008.12.8 国家検察庁(NPA)長官であるヴシ・ピコリ国家検察局長を解任
2009.1 国家検察庁(NPA)の汚職対策エリート部隊スコーピオンズを解散
11
11
2009.5.9
–
2014
ズールー人初の大統領、モトランテ前大統領を副大統領に任命
2010.6.11-7.11 FIFA ワールドカップ南ア大会
12
2014
–
2018.2.14
2018.2.13 ANCの最高意思決定機関である全国執行委員会がズマ罷免を決定、翌2.14に大統領を辞任
12
12
2018.2.14
–
2019.5.22
2018.2.26 デビッド・マブザを副大統領に任命
13
2019.5.22
–
2024.6.14
2022.12 ANC党首に再選
2024.5.29 総選挙でANCは第1党こそ維持したもののアパルトヘイト政策の撤廃以降はじめて過半数を割る
14
2024.6.14
–
現職
2024.6.14 下院議会にて行われた大統領選出選挙で再選
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