歴代オランダ首相(Minister-presidents van Nederland)追加しました
PR

世界史年表 世紀別/地域別(8世紀)

世界史年表 世紀別/地域別(8世紀) リベラルアーツ
「カール大帝」「唐の玄宗」「盧舎那仏」世界史年表 世紀別/地域別(8世紀)
世界史年表 世紀別/地域別(8世紀)
世界史年表 世紀別/地域別(8世紀)
  • ダウンロード元は当サイトと同じサーバ内です。
  • 当サイトは、GDPR他のセキュリティ規則に則って運営されています。
  • ダウンロードしたファイルは自由に改変して頂いて構いません。
  • 本データの取り扱いは、原則としてMicrosoft サービス規約に準拠しています。
  • 内容に関するご質問などは、こちらからお願いします。

8世紀(A.D.701 – A.D.800)の世界

世界

  • 温暖化と海進
  • 文明圏の衝突
    • 732: トゥール・ポワティエ間の戦(フランク王国 vs ウマイヤ朝)
    • 751: タラス河畔の戦(アッバース朝 vs 唐)

西欧

  • 西ゴート王国(415/18/19 – 711)
  • フランク王国
    • メロヴィング朝(486 – 751)
    • カロリング朝(751 – 843)
  • ランゴバルト王国(568 – 774)
  • 後ウマイヤ朝(756 – 1031)

東欧

  • 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)(395 – 1453)

中東/アフリカ

  • ウマイヤ朝(661 – 750)
  • アッバース朝(749/750 – 1258)
イスラム帝国の拡大
イスラム帝国の拡大 Wikimedia Commons

インド/東南アジア

インド分裂時代

  • パッラヴァ朝(275 – 897)
  • 西ガンガ朝(350 – 1000)
  • 前期チャールキヤ朝(543 – 753)
  • パーラ朝(750 – 1174)
  • プラティーハーラ朝(ca.750 – 1018/1036)
  • ラーシュトラクータ朝(753 – 973)

東南アジア

  • シュリーヴィジャヤ王国(650 – 1377)
  • シャイレーンドラ朝(ca.752 – ca.832)

北アジア

  • 突厥(552 – 582)
    • 東突厥(582 – 745)
    • 西突厥(582 – 741)
  • 吐蕃(618 – 842)
  • ウイグル/回鶻(744 – 840)

中国

  • 唐(618 – 907)
    • 周(武周)(690 – 705)

朝鮮

  • 新羅(57 B.C. – A.D. 935)
  • 渤海(698- 926)

日本

  • 701: 大宝律令
  • 710: 平城京(奈良時代)
  • 794: 平安京(平安時代)

年表

初期表示は、10年(10行)のみとなっている。全体を俯瞰して見たい方は、表題下のダウンロードボタンから、Excelファイルをダウンロードすることをお勧めする。

使い方

件表示画面表示行数(年数)を選択可 10/25/50/100
検索任意の用語で検索、該当行(=年代)を抽出
ヘッダー▲▼“行”(=年代)ごとの昇順/降順の並べ替え
◀前 次▶改ページによるページ(=年代)遷移
横スクロール同年代の地域間対照比較

年表内の画像データは、原則 Wikimedia Commons からのもので、該当項目への参考リンクが貼ってある

凡例

B.C. / BC: Before Christ(紀元前)
A.D. / AD: Anno Domini(紀元後)
ca. : circa(近似、この頃)
黒字:政治・一般
赤字:国家の盛衰
緑字:文化・芸術
青字:経済・技術
太字:重要

年代西欧/アメリカ東欧中東/アフリカインド/東南アジア北アジア中国朝鮮日本
7018C:
古代英語詩『ベオウルフ』成立
ベオウルフ
西ゴート王ウィティザの独裁
ランゴバルド王アリペルト2世即位
(-712)
アリペルト2世
ローマ教皇ヨハンネス6世即位(-705)
ヨハンネス6世
テルヴェル、ブルガール王となる
(-718)
テルヴェル
ca.北アフリカ総督ハッサーン、ベル
ベル人女予言者カーヒナ軍を破る
カーヒナ
ca.真臘が北部の陸真臘と、南部の水
真臘とに分離(8C初め)
真臘
ca.中央ジャワにマタラム王国興る

マタラム王国
ジャワのシャイレーンドラ王家、大
乗仏教を信奉
シャイレーンドラ朝
ca.抒情詩人アマル『アマル・シャタ
カ』成る
則天武后の命により中宗の嫡男李重
潤(懿徳太子)・七女永泰公主らを
処刑
則天武后
慈恩寺大雁塔改築
大雁塔
大宝律令の撰定が完成 刑部皇子・
藤原不比等らに禄を賜う
藤原不比等
この時期までに令制国が成立
702北庭都護府、庭州に置かれる
北庭都護府
初めて武挙(武官の登用試験、武科
挙)を定める
詩人陳子昂没
陳子昂
第八次遣唐使が派遣され、執節使粟
田真人・少録山上憶良が則天武后に
謁見
粟田真人
この遣唐使は663年以来40年ぶりの
もので、「倭」に代わる国名「日
本」を承認させる目的もあった
703東ローマ皇帝ユスティニアヌス2
世、ブルガリアへ逃亡
アラブ軍、アルメニア侵入
ca.東方総督ハッジャージュ、イラク
にワーシト市を建設、忠実なシリア
軍が常駐
南吐蕃乱れ、器弩悉弄出征の陣中に
死す 后妃、政を執る
魏元忠と張説、武后の寵臣張易之・
張昌宗兄弟によって左遷される
則天武后により長安光宅寺七宝台仏
龕の仏像群が作られる(後に宝慶寺
(花塔寺)に移動)
持統太上天皇没、天皇経験者として
最初の火葬にされる
704コタイバ=ビン=ムスリム、ホラー
サーン総督となり、中央アジア征
服に活躍(-715)
張柬之、宰相となる 武后、病床に
臥す
705ローマ教皇ヨハンネス7世即位(-707)
ヨハンネス7世
テルヴェルが助けて、東ローマ皇帝
ユスティニアノス2世がティベリオ
ス3世を打倒し復位を果たす(-711)
レオンティス、殺害される
ティベリオス3世ユスティニアノス2世レオンティオス
ウマイヤ朝カリフのアブド=アルマ
リク没、ワリード1世、第6代カリフ
となる(-715)
ウマイヤ朝ワリード1世
吐蕃 ティデ=ツグツェン即位(-755)張柬之・桓彦範ら、張易之・張昌
宗兄弟を殺す:武后の退位、復位し
た中宗により唐が再興される(神龍
革命)
張柬之・桓彦範ら、5人が王
となる 則天武后没 弘文館を昭文館と
改称 詩文楊炯没

楊炯
親王・王臣に食封を加え、五位に位禄を
与える
706ウマイヤ朝カリフのワリード1世に
よりダマスクスのヨハネ教会堂をウ
マイヤド・モスク(ウマイヤ家のモ
スク)に改築(-ca.714)

ウマイヤド・モスク
十道巡察使、20人(各道2人)・任
期2年となる 張柬之ら、韋后派の武
三思により左遷される 衛王重俊、皇
太子となる 武三思、五王中の存命
者を殺す 文人崔融没 北宗禅の祖神秀

神秀
昭文館が修文館と改称される
慶雲の改革 王公諸臣の山野独占を禁
止 田租を1町に稲15束とする
707アラブ人、北アフリカのベルベル人
を征服:北アフリカ全土を支配
唐の張仁愿、突厥を大破武三思ら、皇太子を廃し安楽公主の
皇太女擁立を図る 唐の皇太子李重俊
(節愍太子)が中宗皇后韋氏に対し
反乱を起こし、武三思らを殺害後、
敗死 魏元忠、連座して左遷途上に没
詩人杜審言没
杜審言
文武天皇没、第43代元明天皇が即位
元明天皇
708ローマ教皇シシンニウス没後、コン
スタンティヌス1世即位(-715)
シシンニウスコン<br />
スタンティヌス1世
アヴランシュのオベールがモン・ト
ンブ山に礼拝堂を建てる(モン・サ
ン=ミシェル修道院の始まり)

モン・サ<br />
ン=ミシェル修道院
アンキアルスの戦:ビザンツのユ
スティニアノス2世、第一次ブルガ
リア帝国を討って敗北
唐の張仁愿、対突厥策として河北に
三受降城(東中西の3城)を築く
西突厥のトゥルギシュ(突騎施)の
婆葛可汗、安西4鎮に侵入
修文館、大学士4、直学士8、学士
12人を置く

韋后・諸公主ら、金銭納入者に勝手
に降勅授官を行う:斜封官の始まり
武蔵国から銅を献上
銀銭の和同開珎を鋳造
銅銭の和同開珎を鋳造

和同開珎
709フランク 中ピピン、アラマン族を
討伐・征服(-712)
アラブ軍、初めてイベリア半島に渡
ウマイヤ朝カリフのワリード1世に
よりエルサレムのアル=アクサー・
モスク(銀のモスク)が完成する
(705 -)

銀のモスク アル=アクサー・モスク
長安の小雁塔が建てられる(707-)
小雁塔
710西ゴート最後の王ロドリコ即位
(-711)
ロドリコ ロデリック
ビザンツ軍、ラヴェンナ攻略
ウェセックス王イネ、ブリトン人
ノドゥムノニア王国の軍を撃破
アラブの将ターリク、イベリア半島
に上陸
コンスタンティノープル、ブルガー
ル族に攻撃される
ca.ブルガリアのマダラの騎士像が作
られる

マダラの騎士像
ca.風刺・頒詩人アフタル没涼州に最初の節度使である河西節度
使が設置
吐蕃王ティデ・ツグツェンが王妃と
して唐の金城公主を迎え入れる
韋后・安楽公主ら、中宗を毒殺し
温王李重茂(中宗第4子、殤帝)を
擁立 臨湽王李隆基(相王の子、のち
玄宗)・太平公主ら、韋后・安楽公
主らを殺す 睿宗(相王)復位し、
隆基を皇太子とする 張柬之・桓彦範
らの官爵を追復 斜封官廃止 薛訥、幽
州鎮守経略節度大使となる
元明天皇が平城京へ遷都
(奈良時代の始まり)
平城京
銀銭を禁止
711フランク王ダゴベルト3世即位(-715)
ダゴベルト3世
グアダレーテ河畔の戦(ヘレス=デ
=ラ=フロンテラの戦):
グアダレーテ河畔の戦い
ウマイヤ朝ターリクが西ゴート王ロ
ドリクを敗死させ、西ゴート王国を
滅ぼしイベリア半島を占領

ターリク・イブン・ズィヤード
東ローマ皇帝ユスティニアノス2世
が反乱により殺害され、ヘラクレイ
オス朝が断絶、フィリッピコス即位
(-713)
フィリピコス・バルダネス
ウマイヤ朝のムハンマド=ビン=カー
シムがシンド地方(現パキスタン)
を征服、シンド王ターヒル敗死
唐 十道に按察使(巡察使改め)を
派遣

青龍寺建立
青龍寺
蓄銭叙位令を制定
712ランゴバルド王リウトプラント即位
(-744):中南部イタリアに進出し
て、王国の全盛期を現出
リウトプラント
ウマイヤ朝ターリク、セビーリャを
占領
ウマイヤ朝のホラーサーン総督クタ
イバ=イブン=ムスリムがサマルカン
ドを占領し、マー・ワラー・アン
ナフル全域の征服完了
クタイバ・イブン・ムスリム
唐 睿宗、皇太子の李隆基に譲位、
宗即位
睿宗を太上皇、王氏を皇后と
する
玄宗 (唐)
唐は最盛期を迎える(開元の治)
慧能没(律・禅宗)、賢首(法蔵)没
慧能法蔵
(華厳宗)、詩人宋之問没
太安万侶(安万侶)が『古事記』を撰上
713セゴイエラの戦:アラブ軍、イベリ
ア半島の大部分を制圧 更にピレネー
山脈を越えてナルボンヌを占領
ビザンツ 皇帝フィリッピコス暗殺、
重臣のアナスタシオス2世即位(-715)
アナスタシオス2世
唐 太平公主、玄宗廃位を謀り殺さ
れる(先天の変)
諸道按察使廃止
姚元之(崇)、宰相となる 開元と
改元 張説、姚崇と対立し左遷され

四川の楽山大仏の建設が始まる
(-803)
楽山大仏
詩人沈佺期没 詩人李嶠没
新羅 開城に築城
唐の玄宗が大祚栄を渤海郡王に封じる
震国が国号を渤海と改称
渤海
丹後・美作・大隅の3国を置く
諸国に『風土記』の編纂を命ずる
714フランク宮宰中ピピン没
「ドイツ人の使徒」と呼ばれるイ
ングランドの修道士ボニファティウ
ス(ウィンフリド)、第1回ドイツ
伝道

ボニファティウ<br />
ス
ウマイヤ軍、イベリア半島のサラゴ
サを攻略
ウマイヤ朝 東方総督ハッジャージュ没唐の薛訥、契丹に大敗
薛訥、吐蕃を大破
唐 長安に楽舞用の左右教坊(外教
坊)設置全国の僧尼の偽妄還俗の者
1万2000余人を数える
十道按察使
復活員外官・試官・検校官を廃止
奢侈を取り締るため、珠玉・錦繍を
焼く 次子の郢王嗣謙、皇太子となる
唐で最初の市舶司が広州に設置
『続日本紀』に奄美・信覚・球美な
どの人々が来朝したとされる
715フランク ヒルペリヒ2世即位(-720) 
中ピピンの子カール=マルテル、ア
ウストラシアの宮宰となる(-741)
カール・マルテル
ローマ教皇グレゴリウス2世即位
(-731)
グレゴリウス2世
ビザンツ アナスタシオス2世退位 そ
の将軍テオドシウス3世が即位(-717)
テオドシウス3世
ウマイヤ朝 ホラーサーン総督クタイ
バ=イブン=ムスリム、フェルガナを
征し、カシュガル地方に侵攻
スライマーン・イブン・アブドゥル
マリク、ウマイヤ朝第7代カリフと
なる(-717)
唐の薛訥、突厥を討つ唐 侍読、置かれる
僧義浄没『南海寄帰内法伝』
義浄
浮浪人に逃亡地で調・庸を課徴 元明
天皇が譲位し、第44代元正天皇が即
位 里を郷と改称
元正天皇
郷を2~3里に分ける
越前国氣比神宮に託宣により神宮寺
が設けられる(日本最初の神仏習合
に伴う神宮寺の記録)
716マーシア王エゼルバルド即位
(-757):ノーサンブリアを除く全イ
ングランドに宗主権確立、強勢を誇

スコットランドのアイオナ修道院、
カトリック下に入る

アイオナ修道院
アラブ、リスボンを占領
ウマイヤの将マスラマ、コンスタン
ティノープルを包囲攻撃(-717)
カパガン(黙啜)可汗、鉄勒のバイ
ルク(抜曳固)部に殺され、ビルゲ
(■伽)(■は田に比)が立つ トン
ユクク(暾欲谷)を重用、ビルゲの
弟キュル=ティギン(闕特勤)、左
賢王としてビルゲに協力
唐 太上皇(睿宗)没 姚崇辞め、宋
璟・蘇頲、宰相となる 十道按察使、
再び廃止
インドの無畏三蔵(善無畏)、長安
に来る

善無畏
東国の高句麗人を武蔵国に移し、高
麗郡を置く
717ヴァンシーの戦:カール=マルテ
ル、ネウストリアの宮宰ラゲンフリ
ートを破り、ネウストリアを支配
ヴァンシーの戦い
アウストラシア王クロタール4世即
位(-719)
テマ・アナトリコン長官であったレ
オーン3世が東ローマ皇帝に即位
(-741)、イサウリア朝(-867)を開く
レオーン3世
アラブ海軍、コンスタンティノープ
ルを攻撃、レオーン3世、再度「ギ
リシア火』で撃退(-718)
ウマル2世、ウマイヤ朝第8代カリ
フとなる(-720)、税制改革に着手
唐 明堂を乾元殿とし旧に復す 中書・
門下省や侍中など官名を旧に復す
新羅 医博士・算博士を置く遣唐使派遣:遣唐押使多治比県守
吉備真備・僧玄昉・安倍仲麻呂ら
留学
僧行基らの活動を禁止
行基
718アンダルシア総督サフム、ナルボン
ヌを攻略
西ゴート人ペラーヨ、アラブ軍を破
り、アストゥリアス王国を建設
:国
土回復運動の初め
アストゥリアス王国
ca.詩人ウマル=ビン=アビー=
ラビーア没
唐 悪銭を禁じ良銭流布を図る 州県官
の俸給に百姓の常賦(平常徴収の
税)外の加賦が充てられる

画家李思訓没
李思訓
渤海王大祚栄没、子の大武芸立つ
(-737)
新羅 漏刻博士を置く
能登・安房・石城・石背の4国を置く
養老律令、編集される
719アラブ軍、アキテーヌ地方に侵入
ボニファティウス、本格的なドイ
ツ布教を開始(-754)
720フランク テウデリヒ4世即位(-737)
テウデリヒ4世
アラブ人、西南ガリアに侵入
突厥、甘州・涼州などに侵寇唐 宋璟・蘇頲辞め、源乾曜・張嘉
貞が宰相となる 十道按察使、復活さ
れる
インドの金剛智、セイロンの不空三
蔵と共に長安に来たる
金剛智不空金剛
趙縣安済橋建設

安済橋
『日本書紀』完成
日本書紀
舎人親王が『日本紀』30卷・系図1
卷を撰上

舎人親王
大隅国国司陽侯麻呂が殺害され、隼
人の反乱が起る(-721)
隼人の反乱
ca.柿本人麻呂没
柿本人麻呂
721アラブ人、シチリア・サルディーニ
ャを攻撃
トゥールーズの戦:アキテーヌ公
ウード、アラブ軍を撃破
イングランドの修道士ボニファティ
ウス、教皇グレゴリウス2世からド
イツ司教に叙任される

ペラーヨ、アラブ人からガリキア・
レオンを奪回
ヤジード2世、ウマイヤ朝第9代カ
リフとなる(-724)
朔方節度使を置く唐 宇文融、括戸政策(戸籍に入って
いない戸を調査把握して戸籍に編入
し、田の耕作による生活安定と租税
確保を目指す政策)を建議 姚崇没
張説、宰相となる 劉知幾(子玄)没
『史通』
新羅 北辺に長城を築く
722コバドンガの戦:ペラーヨがイスラ
ム勢力からアストゥリアスを奪回
(最初のレコンキスタ)
コバドンガの戦い
唐の楊思勗、ヴェトナムに出兵唐 張説の建議で壮士を募集して彍騎
(都で皇帝の護衛や首都の防衛に当
る兵)に充てる:兵農分離の募兵制
の初め(725完成)
新羅 百姓に丁田(成年男子に与え
る田)を給す:丁田制

ca.新羅人僧慧超がインドに渡る
(-727)

慧超
良田百万町歩開墾を計画
723セビーリャ司教ヨハンネス、聖書を
アラブ語に翻訳
ウマイヤ朝ヤズィード2世がキリス
ト教徒の聖画像を禁止
唐 麗正書院を置き文学の士を集める
宇文融、覆田使として括戸政策に当
蘇頲没
田地開墾のため三世一身法を施行
太安万侶が死去
太安万侶
現奈良市此瀬町の「太安万侶墓」に
墓誌が残る
724ピルミニウスによりボーデン湖(コ
ンスタンツ湖)の島にライヒェナウ
修道院が創設

ピルミニウスライヒェナウ修道院
ウマイヤ朝のヒシャーム=イブン=ア
ブドゥルマリクが第10代カリフとな
る(-743)
ウマイヤ朝最後の安定期をもたら
し、モザイク床遺跡で知られるヒシ
ャーム宮殿を建設
ca.カシミールのムクターピーダ=ラ
リターディティヤ王、カールコータ
朝盛時を形成
唐 諸道按察使、廃止される
王皇后廃され庶民となり没
元正天皇が譲位し、第45代聖武天皇
(首皇子)が即位
聖武天皇
陸奥国に多賀城を設置
多賀城
725フランク カール=マルテル、バイエ
ルンへ遠征
アラブ軍、カルカッソンヌを占領、
オータンを略奪
ca.西ガンガ朝のシュリープルシャ即
位(-788):パッラヴァ朝とパーンデ
ィヤ朝の間にあって勢力を維持
パーンディヤ朝
唐 宇文融、客戸税銭を常平倉に充て
る また勧農社を設置 彍騎の制完成
(12衛12万人で編成し、6番制とす
る):府兵制崩壊
玄宗、泰山で封禅の儀を行う
726東ローマ皇帝レオーン3世が聖像禁
止令を公布(イコノクラスム(聖像
破壊運動/聖像崇拝論争)の始まり)
イコノクラスム
唐 李元紘、宰相となる 張説、宇文
融・源乾曜・李林甫らに収賄の罪で
弾劾される
国水靺鞨、唐に通じる
靺鞨
727マーシア王エゼルバルド、ブリタニ
アの盟主となる
イタリア・ギリシアなどで聖像禁止
令に対する反乱起る
唐の王君毚、吐蕃を青海西方で大破
王君毚、回紇の護輸に殺される
吐蕃、交州を攻略 トカラの使者来た
りアラブの圧政を訴える
唐 玄宗、朋党の争いを嫌い、張説
(科挙派)を解職 宇文融(門閥派)
を左遷 文人蘇頲没 僧・天文学者
の一行没

一行
渤海国王大武芸が高仁義らを日本に
派遣(第一回渤海使)翌年には日本
から遣渤海使が送られる
728フランク カール=マルテル、バイエ
ルンを征服
ローマ教皇グレゴリウス2世とラン
ゴバルド王リウトプランドの領土寄
進に関する合意がなされる(スート
リの寄進)
思想家ハサン=アルバスリー没ca.パッラヴァ朝ナラシンハヴァ
ルマン2世没(即位: ca.700-)
唐の彍騎改められ、左右羽林軍飛
騎となる 張説の進言により大衍暦
(僧一行の作)頒行される
金光明経を諸国に頒布
729唐 十道と京・都両畿按察使、復活さ
れる 宇文融、宰相となるも左遷後、
銅・鉛・錫などの私売を禁止
長屋王の変:長屋王、謀反の疑いで
糾問され自殺
長屋王
藤原光明子(光明皇后)が立后され
る(皇族以外の最初の立后)
730フランク カール=マルテル、アラマ
ニエンを併合
アラ