歴代オランダ首相(Minister-presidents van Nederland)追加しました
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歴代ドイツ首相 Chancellors of Germany

歴代ドイツ首相 Chancellors of Germany リベラルアーツ
「ビスマルク」「アデナウアー」「メルケル」歴代ドイツ首相 Chancellors of Germany
  1. ドイツ首相の名称について
  2. 北ドイツ連邦(1867年-1871年)
    1. オットー・フォン・ビスマルク
      Otto von Bismarck
  3. ドイツ帝国(1871年-1919年)
    1. オットー・フォン・ビスマルク
      Otto von Bismarck
    2. レオ・フォン・カプリヴィ
      Leo von Caprivi
    3. クロートヴィヒ・ツー・ホーエンローエ=シリングスフュルスト
      Chlodwig Karl Victor Fürst zu Hohenlohe-Schillingsfürst
    4. ベルンハルト・フォン・ビューロー
      Bernhard von Bülow
    5. テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク
      Theobald von Bethmann Hollweg
    6. ゲオルク・ミヒャエリス
      Georg Michaelis
    7. ゲオルク・フォン・ヘルトリング
      Georg von Hertling
    8. バーデン大公マクシミリアン
      Prinz Maximilian von Baden
  4. ドイツ国 ヴァイマル共和政(1919年-1933年)
    1. フリードリヒ・エーベルト
      Friedrich Ebert
    2. フィリップ・シャイデマン
      Philipp Scheidemann
    3. グスタフ・バウアー
      Gustav Bauer
    4. ヘルマン・ミュラー
      Hermann Müller
    5. コンスタンティン・フェーレンバッハ
      Konstantin Fehrenbach
    6. ヨーゼフ・ヴィルト
      Joseph Wirth
    7. ヴィルヘルム・クーノ
      Wilhelm Cuno
    8. グスタフ・シュトレーゼマン
      Gustav Stresemann
    9. ヴィルヘルム・マルクス
      Wilhelm Marx
    10. ハンス・ルター
      Hans Luther
    11. ヴィルヘルム・マルクス
      Wilhelm Marx
    12. ヘルマン・ミュラー
      Hermann Müller
    13. ハインリヒ・ブリューニング
      Heinrich Brüning
    14. フランツ・フォン・パーペン
      Franz von Papen
    15. クルト・フォン・シュライヒャー
      Kurt von Schleicher
  5. ドイツ国 ナチス・ドイツ(1933年-1945年)
    1. アドルフ・ヒトラー
      Adolf Hitler
    2. パウル・ヨーゼフ・ゲッベルス
      Paul Joseph Goebbels
    3. ルートヴィヒ・シュヴェリン・フォン・クロージク
      Ludwig Graf Schwerin von Krosigk
  6. 占領下(1945年-1949年)
    1. なし
    2. ヘルマン・パンダー
      Hermann Pünder
  7. ドイツ民主共和国(東ドイツ)(1949年-1990年)
  8. ドイツ連邦共和国(西ドイツ)(1949年-現在)
    1. コンラート・アデナウアー
      Konrad Hermann Joseph Adenauer
    2. ルートヴィヒ・エアハルト
      Ludwig Wilhelm Erhard
    3. クルト・ゲオルク・キージンガー
      Kurt Georg Kiesinger
    4. ヴィリー・ブラント
      Willy Brandt
    5. ヴァルター・シェール
      Walter Scheel
    6. ヘルムート・シュミット
      Helmut Heinrich Waldemar Schmidt
    7. ヘルムート・コール
      Helmut Josef Michael Kohl
    8. ゲアハルト・シュレーダー
      Gerhard Fritz Kurt Schröder
    9. アンゲラ・メルケル
      Angela Dorothea Merkel
    10. オラフ・ショルツ
      Olaf Scholz
  9. 参考リンク
  10. あわせて読みたい

ドイツ首相の名称について

カンツラー(独: Kanzler、英: chancellor)は、神聖ローマ帝国において「宮廷や法廷の門衛、案内役、事務員、秘書官、書記官」を意味した。これが帝国内の最高書記官の意味で「Erzkanzler」と呼ばれるようになる。

北ドイツ連邦成立時に「Bundeskanzler(連邦宰相)」、帝政ドイツ成立時に「Reichskanzler(帝国宰相)」と呼称した。

「宰相」の訳語が用いられたのは、「大臣」のように内閣を構成しておらず、宰相が単独で君主に対して行政上の責任を負っていたからである。

冷戦下の東ドイツ(ドイツ民主共和国)では、建国時には「総理大臣」(Ministerpräsident)とされていたが、1968年の憲法改正で「閣僚評議会議長」(Vorsitzende des Ministerrates)に改められた。

一方、西ドイツ(ドイツ連邦共和国)では「連邦宰相」(Bundeskanzler)に戻された。慣行上、日本では「連邦首相」や単に「首相」と訳されることが多い。

本稿では一括して「首相」として表記する。

北ドイツ連邦(1867年-1871年)

氏名

在任期間

事績

初代

オットー・フォン・ビスマルク
Otto von Bismarck

オットー・フォン・ビスマルク Otto von Bismarck

無所属

鉄血宰相

1867.7.1 – 1871.3.21

1862: プロイセン国王ヴィルヘルム1世からプロイセン首相に任命

ヴィルヘルム1世

1867: 普墺戦争の勝利で北ドイツ連邦を樹立

北ドイツ連邦

ドイツ帝国(1871年-1919年)

氏名

在任期間

事績

初代

オットー・フォン・ビスマルク
Otto von Bismarck

オットー・フォン・ビスマルク Otto von Bismarck

無所属

1871.3.21 – 1890.3.20

ビスマルク内閣

1871: 普仏戦争の勝利で南ドイツ諸国も取り込んだ統一ドイツ国家「ドイツ国(ドイツ帝国)」を建国

ドイツ帝国

1871-78 文化闘争

文化闘争

1878.6-7 ベルリン会議:露土戦争の結果起こった国際紛争解決

ベルリン会議

ビスマルク体制

ビスマルク体制

2代

レオ・フォン・カプリヴィ
Leo von Caprivi

レオ・フォン・カプリヴィ Leo von Caprivi

無所属/軍人

1890.3.20 – 1894.10.26

カプリヴィ内閣

1890.7.1 ヘルゴランド=ザンジバル条約

カプリビ回廊

1892:兼務していたプロイセン首相を辞任

3代

クロートヴィヒ・ツー・ホーエンローエ=シリングスフュルスト
Chlodwig Karl Victor Fürst zu Hohenlohe-Schillingsfürst

クロートヴィヒ・ツー・ホーエンローエ=シリングスフュルスト Chlodwig Karl Victor Fürst zu Hohenlohe-Schillingsfürst

自由保守党(FKP)

1894.10.29 – 1900.10.17

ホーエンローエ=シリングスフュルスト内閣

再びドイツ宰相とプロイセン首相が兼任される

1895.4.23 三国干渉

4代

1900.10.17 – 1909.7.14

ビューロー内閣

1905.3.31 第一次モロッコ事件(タンジール事件)

1908.10.28 デイリー・テレグラフ事件

デイリー・テレグラフ事件

5代

テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク
Theobald von Bethmann Hollweg

テオバルト・フォン・ベートマン・ホルヴェーク Theobald von Bethmann Hollweg

無所属/内務省

1909.7.14 – 1917.7.13

ベートマン・ホルヴェーク内閣

1911.7.1 第二次モロッコ事件(アガディール事件)

第二次モロッコ事件

1914.7.28 第一次世界大戦勃発

シュリーフェン・プランによるドイツ軍の進行路

1916.8.31 ヒンデンブルグ計画発表

1917.7.13 ライヒ議会でマティアス・エルツベルガーの平和決議が社会民主党、ドイツ進歩党、中央党の連合で可決→辞任

6代

ゲオルク・ミヒャエリス
Georg Michaelis

ゲオルク・ミヒャエリス Georg Michaelis

無所属/大蔵省

1917.7.14 – 1917.10.24

ミヒャエリス内閣

初のブルジョワ宰相

ドイツ軍参謀本部のパウル・フォン・ヒンデンブルクとエーリヒ・ルーデンドルフによって解任

7代

1917.10.25 – 1918.10.3

ヘルトリング内閣

1918.3.3 ブレスト=リトフスク条約を締結、ロシア(ボリシェヴィキ政府)が戦線離脱

ブレスト=リトフスク条約

1918.9.30 議会制定令を発布

8代

バーデン大公マクシミリアン
Prinz Maximilian von Baden

バーデン大公マクシミリアン Prinz Maximilian von Baden

無所属/軍人

1918.10.3 – 1918.11.9

バーデン内閣

1918.10 帝国憲法を大幅に改正(イギリス型の立憲君主制に移行)

1918.11.3-1919.8.11 ドイツ革命

ドイツ革命

1918.11.9 ヴィルヘルム2世のドイツ皇帝位(及びプロイセン王位)からの退位を発表→ドイツ共和国宣言

ドイツ共和国宣言

ドイツ国 ヴァイマル共和政(1919年-1933年)

氏名

内閣

在任期間

事績

初代

初代

1918.11.9 – 1919.2.13

2代

2代

1919.2.13 – 1919.6.20

シャイデマン内閣

ヴェルサイユ条約受諾に反対して首相とSPD党首を辞任

3代

3代

1919.6.21 – 1920.3.26

バウアー内閣

1919.6.28 ヴェルサイユ条約

ヴェルサイユ条約

1919.8.14 ヴァイマル憲法(ワイマール憲法)公布・施行

ヴァイマル憲法 ワイマール憲法

1920.3.13 カップ一揆

カップ一揆

4代

4代

1920.3.27 – 1920.6.8

第1次ミュラー内閣

1920.4 重度障害者雇用法

1920.4.28 学校基本法(全国共通の4年制小学校を導入)

1920.5 包括的な戦争障害者制度を確立

5代

5代

1920.6.25 – 1921.5.4

フェーレンバッハ内閣

賠償の取扱いをめぐって紛糾し退陣

6代

6代

1921.5.10 – 1921.10.22

第1次ヴィルト内閣

ドイツ史上最年少で就任

7代

1921.10.26 – 1922.11.14

第2次ヴィルト内閣

1922.4.16 ラパッロ条約:ソ連との外交関係を正常化

ラパッロ条約

賠償金支払い・共和国防衛法に関する閣内不統一で退陣

7代

ヴィルヘルム・クーノ
Wilhelm Cuno

ヴィルヘルム・クーノ Wilhelm Cuno

無所属(ドイツ人民党を離党)

8代

1922.11.22 – 1923.8.12

クーノ内閣

1923.1.11 ルール占領

ルール占領

ルール地方の労働者にストライキを呼びかけ受動的な抵抗運動を試みる 政府がスト中の労働者の給料を建て替えたことにより財政危機を招く

1923 ヴァイマル共和政のハイパーインフレーション

ヴァイマル共和政のハイパーインフレーション

8代

グスタフ・シュトレーゼマン
Gustav Stresemann

グスタフ・シュトレーゼマン Gustav Stresemann

ドイツ人民党(DVP)

9代

1923.8.13 – 1923.10.3

10代

1923.10.6 – 1923.11.23

第2次シュトレーゼマン内閣

1923.11.8-9 ミュンヘン一揆

ミュンヘン一揆

1923.11.15 レンテンマルクに切り替えるデノミネーションを実施

レンテンマルク