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歴代イタリア首相 Prime Ministers of Italy

歴代イタリア首相 Prime Ministers of Italy リベラルアーツ
「カヴール」「ジョリッティ」「デ・ガスペリ」「ベルルスコーニ」「メローニ」歴代イタリア首相 Prime Ministers of Italy
  1. イタリア首相の名称について
  2. イタリア王国 (1861年–1946年)
    1. カミッロ・カヴール
      Camillo Benso, Conte di Cavour
    2. ベッティーノ・リカーソリ
      Bettino Ricasoli
    3. ウルバーノ・ラッタッツィ
      Urbano Rattazzi
    4. ルイージ・ファリーニ
      Luigi Farini
    5. マルコ・ミンゲッティ
      Marco Minghetti
    6. アルフォンソ・マルモラ
      Alfonso Ferrero, Marchese de La Marmora
    7. ベッティーノ・リカーソリ
      Bettino Ricasoli
    8. ウルバーノ・ラッタッツィ
      Urbano Rattazzi
    9. フェデリーコ・メナブレーア
      Federico Luigi, Conte Menabrea
    10. ジョヴァンニ・ランツァ
      Giovanni Lanza
    11. マルコ・ミンゲッティ
      Marco Minghetti
    12. アゴスティーノ・デプレーティス
      Agostino Depretis
    13. ベネデット・カイローリ
      Benedetto Cairoli
    14. アゴスティーノ・デプレーティス
      Agostino Depretis
    15. ベネデット・カイローリ
      Benedetto Cairoli
    16. アゴスティーノ・デプレーティス
      Agostino Depretis
    17. フランチェスコ・クリスピ
      Francesco Crispi
    18. アントニオ・ルディニ
      Antonio Starabba, Marchese di Rudinì
    19. ジョヴァンニ・ジョリッティ
      Giovanni Giolitti
    20. フランチェスコ・クリスピ
      Francesco Crispi
    21. アントニオ・ルディニ
      Antonio Starabba, Marchese di Rudinì
    22. ルイージ・ペルー
      Luigi Pelloux
    23. ジュゼッペ・サラッコ
      Giuseppe Saracco
    24. ジュゼッペ・ザナルデッリ
      Giuseppe Zanardelli
    25. ジョヴァンニ・ジョリッティ
      Giovanni Giolitti
    26. トンマーゾ・ティットーニ
      Tommaso Tittoni
    27. アレッサンドロ・フォルティス
      Alessandro Fortis
    28. シドネイ・ソンニーノ
      Sidney Sonnino
    29. ジョヴァンニ・ジョリッティ
      Giovanni Giolitti
    30. シドネイ・ソンニーノ
      Sidney Sonnino
    31. ルイージ・ルッツァッティ
      Luigi Luzzatti
    32. ジョヴァンニ・ジョリッティ
      Giovanni Giolitti
    33. アントニオ・サランドラ
      Antonio Salandra
    34. パオロ・ボセッリ
      Paolo Boselli
    35. ヴィットーリオ・オルランド
      Vittorio Orlando
    36. フランチェスコ・ニッティ
      Francesco Nitti
    37. ジョヴァンニ・ジョリッティ
      Giovanni Giolitti
    38. イヴァノエ・ボノーミ
      Ivanoe Bonomi
    39. ルイージ・ファクタ
      Luigi Facta
    40. ベニート・ムッソリーニ
      Benito Mussolini
    41. ピエトロ・バドリオ
      Pietro Badoglio
    42. イヴァノエ・ボノーミ
      Ivanoe Bonomi
    43. フェルッチョ・パッリ
      Ferruccio Parri
    44. アルチーデ・デ・ガスペリ
      Alcide De Gasperi
  3. イタリア共和国 第一共和政(1846年–1992年)
    1. アルチーデ・デ・ガスペリ
      Alcide De Gasperi
    2. ジュゼッペ・ペッラ      
      Giuseppe Pella
    3. アミントレ・ファンファーニ
      Amintore Fanfani
    4. マリオ・シェルバ
      Mario Scelba
    5. アントニオ・セーニ
      Antonio Segni
    6. アドネ・ツォーリ
      Adone Zoli
    7. アミントレ・ファンファーニ
      Amintore Fanfani
    8. アントニオ・セーニ
      Antonio Segni
    9. フェルナンド・タンブロニ
      Fernando Tambroni
    10. アミントレ・ファンファーニ
      Amintore Fanfani
    11. ジョヴァンニ・レオーネ
      Giovanni Leone
    12. アルド・モーロ
      Aldo Moro
    13. ジョヴァンニ・レオーネ
      Giovanni Leone
    14. マリアーノ・ルモール
      Mariano Rumor
    15. エミリオ・コロンボ
      Emilio Colombo
    16. ジュリオ・アンドレオッティ
      Giulio Andreotti
    17. マリアーノ・ルモール
      Mariano Rumor
    18. アルド・モーロ
      Aldo Moro
    19. ジュリオ・アンドレオッティ
      Giulio Andreotti
    20. フランチェスコ・コッシガ
      Francesco Cossiga
    21. アルナルド・フォルラーニ
      Arnaldo Forlani
    22. ジョヴァンニ・スパドリーニ
      Giovanni Spadolini
    23. アミントレ・ファンファーニ
      Amintore Fanfani
    24. ベッティーノ・クラクシ
      Bettino Craxi
    25. アミントレ・ファンファーニ
      Amintore Fanfani
    26. ジョヴァンニ・ゴリーア
      Giovanni Goria
    27. チリアーコ・デ・ミータ
      Ciriaco De Mita
    28. ジュリオ・アンドレオッティ
      Giulio Andreotti
  4. イタリア共和国 第二共和政(1992年–現在)
    1. ジュリアーノ・アマート
      Giuliano Amato
    2. カルロ・チャンピ
      Carlo Ciampi
    3. シルヴィオ・ベルルスコーニ
      Silvio Berlusconi
    4. ランベルト・ディーニ
      Lamberto Dini
    5. ロマーノ・プローディ
      Romano Prodi
    6. マッシモ・ダレマ
      Massimo D’Alema
    7. ジュリアーノ・アマート
      Giuliano Amato
    8. シルヴィオ・ベルルスコーニ
      Silvio Berlusconi
    9. ロマーノ・プローディ
      Romano Prodi
    10. シルヴィオ・ベルルスコーニ
      Silvio Berlusconi
    11. マリオ・モンティ
      Mario Monti
    12. エンリコ・レッタ
      Enrico Letta
    13. マッテオ・レンツィ
      Matteo Renzi
    14. パオロ・ジェンティローニ
      Paolo Gentiloni
    15. ジュゼッペ・コンテ
      Giuseppe Conte
    16. マリオ・ドラギ
      Mario Draghi
    17. ジョルジャ・メロー二
      Giorgia Meloni
  5. 参考リンク
  6. あわせて読みたい

イタリア首相の名称について

正式名称は閣僚評議会議長で、イタリア語では Presidente del Consiglio dei Ministri 。イタリアの行政府の長として、すなわち首相として「内閣の首席」という位置づけで行政権を統括する。そこから、日本語訳では「首相」ということになっている。

首相は大統領が任命する。内閣成立後10日以内に両議院(上院:共和国元老院、下院:代議院)の信任を得なければならない。この時、被任命権が国会議員に限るという憲法上の規定が無いため、両院からの信任(支持)を取り付けることができれば非議員でも首相に就任できる。

首相に議会解散権は無く、大統領のみが有する。議院内閣制をとっており、内閣は議会の信任を得なければならない。

イタリア王国 (1861年–1946年)

サルデーニャ国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア国王に即位し、イタリア王国が成立した。

サルデーニャ王国の宰相だったカミッロ・カヴールが新たにイタリア王国の首相に就任した。彼は、それまで3回内閣を率いているので、イタリア王国としては、彼の第4次内閣から数える。

イタリア王国期、イタリア王国閣僚評議会の議長 ( Presidente del Consiglio dei ministri del Regno d’Italia ) と呼ばれていた。

ムッソリーニが閣僚評議会議長に就任後、1925年12月24日に独裁体制を確立、独裁権を持つ国家指導者として認識され、ドゥーチェ: Duce(国家指導者、統帥、統領)の称号で呼ばれた。

氏名

内閣

在任期間

事績

初代

カミッロ・カヴール
Camillo Benso, Conte di Cavour

カミッロ・カヴール Camillo Benso,
Conte di Cavour

国民統一派=歴史的右翼

初代

1861.3.17 – 1861.6.6

第4次カヴール内閣

イタリア統一運動において、ガリバルディ、マッツィーニと並ぶ「イタリア統一の三傑」と称される

6.6 カヴール急死

2代

2代

1861.6.6 – 1862.3.4

第1次リカーソリ内閣

1861.6: ローマ教皇庁との和解失敗

1861.10.9 旧サルデーニャ王国のラッタッツィ法に基づく地方行政制度(県・コムーネ)を全国に施行→中央集権化

南部で山賊大反乱が続く(-1863.8)

ガリバルディの志願兵のほとんどを正規軍に編入、マッツィーニの追放を取り消し

1862.2.1 シチリアの総督制廃止

3代

3代

1862.3.4 – 1862.12.9

第1次ラッタッツィ内閣

1862.3.22 サンマリノ共和国との最初の条約に調印

1862.8.24 通貨リラを導入

1862.8.29 アスプロモンテの戦:ガリバルディ義勇軍と王国正規軍の衝突

4代

4代

1862.12.9 – 1863.3.24

ファリーニ内閣

ポーランドのロシアに対する反乱でロシアに宣戦布告→ガリバルディ義勇軍から派兵

精神を病み辞職

5代

5代

1863.3.24 – 1864.9.23

第1次ミンゲッティ内閣

1863.8.15: 山賊大反乱に対する軍事法廷措置を定めたピーカ法公布

1864.9.15 九月条約:ローマに駐屯していたフランス軍を 2 年以内に撤退させる(秘密条項で、首都をトリノからフィレンツェに遷都することを約する)

この秘密条項が公になることでトリノ虐殺が起き辞任

6代

アルフォンソ・マルモラ
Alfonso Ferrero, Marchese de La Marmora

アルフォンソ・マルモラ Alfonso Ferrero, Marchese de La Marmora

歴史的右翼

6代

1864.9.23 – 1865.12.31

第2次マルモラ内閣

(第1次の組閣はサルデーニャ王国時代)

1964.12.8 ローマ教皇ピウス9世が回勅『クワンタ・クラ』(誤謬表)を発表

1865.3: 行政統一法(県・コムーネ法)

1865.4: 民法統一

1865.7.5 スペインにイタリア王国を承認させる

1865.11.5 仏軍ローマから撤兵開始

7代

1865.12.31 – 1866.6.17

第3次マルモラ内閣

1866.4.8 伊プロイセン攻守同盟の秘密協定締結

第三次独立戦争が勃発したラ・マルモーラ首相時代のイタリア

5.1 不換紙幣(コルソ・フォルツォーゾ)導入

7代

8代

1866.6.17 – 1867.4.10

第2次リカーソリ内閣

1866.6-8: 第三次イタリア独立戦争(普墺戦争, -7月)

第三次イタリア独立戦争

10.21 住民投票でヴェネト(ヴェネツィア)がイタリア領となる

1866.9: 7日半の反乱(パレルモ蜂起)

1866.12.11 仏軍、ローマから撤兵完了

8代

9代

1867.4.10 – 1867.10.27

第2次ラッタッツィ内閣

1867.8.15 教会所有地没収法公布

10.19 ガリバルディの逮捕に失敗、教皇領へ逃す

9代

10代

1867.10.27 – 1868.1.5

第1次メナブレーア内閣

1867.11.3 ローマ解放のため挙兵したガリバルディ、メンターナで教皇軍を破るが仏軍に敗れる

11代

1868.1.5 – 1869.5.13

第2次メナブレーア内閣

1868.5 下院で製粉法可決

北部の閣僚だけで構成され、ピエモンテのみでなく地主や南部の急進派からも厳しい批判を受ける

1869.1 第三次イタリア独立戦争の戦費調達に発行した国債支払のため、製粉税を導入

12代

1869.5.13 – 1869.12.14

第3次メナブレーア内閣

1869.12.8 バチカン公会議開会

10代

13代

1869.12.14 – 1873.7.10

ランツァ内閣

1870.2.5 ルバッティーノ海運会社、スエズ運河経由インド航路開発、3月に紅海沿岸アッサブ取得

8.11 財政オムニバス法案可決(財政赤字削減措置)

1870.9: 普仏戦争のセダンの戦で仏軍が降伏

10.2 ローマ併合

普仏戦争とドイツ統一後の欧州

1871.5.15 教皇保障法(教皇と聖座の諸大権の保障ならびに国家と教会の関係についての法)を制定

7.1 フィレンツェからローマへの遷都完了

7.13 マッツィーニ、国際労働者協会(インター)批判とパリ・コミューンへの否定的評価

1872.8 リミニで反権威主義反マルクス派国際労働者協会イタリア連合結成

11代

14代

1873.7.10 – 1876.3.25

第2次ミンゲッティ内閣

1874.6 第1回イタリア・カトリック会議開催

8月 リミニで共和派指導者28名逮捕、アナーキスト蜂起計画失敗、バクーニンはスイスに逃れる

9.1 国家の経済介入に批判的なアダム・スミス教会設立

9.10 教皇ピウス9世、回勅「ノン・エクスペディト」でカトリック教会の国政選挙への参加を禁止

1975.1 国家による社会政策を求める経済研究促進協会設立

1876.3.16 財政均衡の達成を議会報告、鉄道の国有化方針の承認を求める

製粉税に対する動議が否決され、内閣象辞職(15年続いた右派政権が終焉)

12代

15代

1876.3.25 – 1877.12.25

第1次デプレーティス内閣

右派から左派への政権移行(議会革命)

1877.3.15 議会に農業と農業階層に関する調査委員会(委員長ヤチーニ)設置

ヤチーニ Stefano Jacini

5.7 共和派インブリアーニ、未回復イタリアのための協会設立

7.15 コッピーノ法(学校改革、義務教育期間を、6~12歳から6~9歳へ、聖俗的・無償教育の実施)

16代

1877.12.25 – 1878.5.25

第2次デプレーティス内閣

Depretis の第 2 次政権は短命で、左翼内の紛争により崩壊

1878.1.9 国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世没

2.7 教皇ピウス9世没

13代

17代

1878.5.25 – 1878.12.19

第1次カイローリ内閣

1878.7.1 仏との新通商協定(関税率引き上げ)発効

8.18 モンテ・アミアータの預言者ラッザレッティ、軍隊との交戦で射殺

1878.11.17 アナキストのパッサナンテによるウンベルト 1 世の暗殺未遂(カイローリ自身も負傷)

15代

19代

1879.7.14 – 1879.11.25

第2次カイローリ内閣

1879.8.3 コスタ、アナーキズムから合法的社会主義活動に転ずる公開書簡発表

20代

1879.11.25 – 1881.5.29

第3次カイローリ内閣

1881.5: チュニスの平手打ち

16代

21代

1881.5.29 – 1883.5.25

第4次デプレーティス内閣

1881.7.7 コッローディ、ピノッキオの冒険連載第1回

8月 コスタ、ロマーニャ革命社会党結成

9.25-26 ロンバルディア労働者連合第1回大会

1882.1.22 選挙法改正

18825.20 独墺伊どくおうい三国同盟

独墺伊三国同盟

10.8 デプレーティス首相、左派・右派共に「変移(トラスフォルマツィオーネ)」して両派連携を訴える

ゴッタルド鉄道トンネル開業

ゴッタルド鉄道トンネル

1882.12.20 グリエルモ・オベルダンが絞首刑

1883.4.12 不換紙幣(コルソ・フォルツォーゾ)廃止

22代

1883.5.25 – 1884.3.30