資金運用表(三分法)とは
資金運用表は資金管理に用いる管理表のひとつで、原則として貸借対照表(B/S)を構成する各項目の残高増減から、資金の動きを把握しようとするものである。
「三分法」という名前の由来は、資金の動きを、❶運転資金、❷長期資金(固定資金)、❸財務資金の3つに区分して、それぞれの区分ごとに資金の調達源泉の動きと資金の使途内容の構成という2面から分析するためのツールであることによる。
但し、2時点の貸借対照表(B/S)を比較して作成することから、現預金そのものの収支を直接知ることはできないし、資金収支のタイミングを知ることもできない。
しかし、2時点間のB/Sの比較で作成する手法は、資金の調達源泉の種類と、その調達した資金の使途が明確にわかるため、比較期間における資金計画の立案や財政政策のチェックに有用/有効である。
その作成手法から静態的分析と呼ばれる。
一般的に、外部公表用財務諸表から作成できるため、社外の利害関係者でも容易に作成することができる。
資金運用表の作成プロセス
2時点間の貸借対照表の比較
そもそも、貸借対照表(B/S)は、ある一時点における対象企業の資金調達と資金運用からなる財政状態を示すものである。
貸方の負債と資本(社外流出がなされていない内部留保含む)は、その企業が外部からどのような形態でいくらの金額を調達してきたかを示す。
借方の資産は、現預金の形でまだ投資せずに待機している資金を含めて、企業活動のためにどのような使途で資金を運用しているかを示す。
よって、3か月間、1年、5年等の間の前後で、最新の貸借対照表(B/S)から最初の貸借対照表(B/S)の値を差し引くことで、3か月間、1年間、5年間のそれぞれの期間で、何にどれくらい資金を使ったか、どういう形で資金調達したかが残高増減から把握することができる。
前期 | 借方 | 貸方 | |
---|---|---|---|
現預金 | 100 | 買掛金 | 15 |
売掛金 | 50 | 短期 借入金 | 25 |
棚卸 資産 | 10 | 長期 借入金 | 100 |
固定 資産 | 150 | 内部 留保 | 170 |
当期 | 借方 | 貸方 | |
---|---|---|---|
現預金 | 190 | 買掛金 | 25 |
売掛金 | 30 | 短期 借入金 | 35 |
棚卸 資産 | 20 | 長期 借入金 | 170 |
固定 資産 | 170 | 内部 留保 | 180 |
差引 | 借方 | 貸方 | |
---|---|---|---|
現預金 | +90 | 買掛金 | +10 |
売掛金 | ▲20 | 短期 借入金 | +10 |
棚卸 資産 | +10 | 長期 借入金 | +70 |
固定 資産 | +20 | 内部 留保 | +10 |
上記の基本的な例では、総資産が 310 から 410 へと +100 増加している。この増分はそのまま対象企業が +100 の分だけ資金調達をして総資産を膨らませたということがわかる。
B/Sの貸方は負債と自己資本による資金調達そのものを表す性質から、
- 買掛金 +10
- 短期借入金 +10
- 長期借入金 +70
- 内部留保 +10
というふうに、サプライヤーからの無利子負債で 10、金融機関からの借り入れで 80、利益を積み増して 10 の資金調達を行ったことがわかる。
一方で、借方では、売掛金が ▲20 と減少している。これは、売掛金の形で拘束されていた運転資金が解放されたという意味で、資金調達の一種と考えることができる。
よって、10 + 80 + 10 + 20 = 120 の資金調達をトータルで実施したといえる。
この 120 を原資として、
- 現預金 +90
- 棚卸資産 +10
- 固定資産 +20
というふうに、資金をこの3種の資産に振り分けたと考えることができる。
このように、2時点間の貸借対照表(B/S)の残高増減明細を見るだけでも、資金の調達と運用使途のあらましを知ることができる。
さらに、資金の調達額と運用額は貸借対照表の貸借でバランスされる(それぞれの合計値は同額になる)ので、計算間違いを起こさないように検算機構もあらかじめビルトインされている。
損益計算書(P/L)と株主資本等変動計算書(S/S)の情報を加える
2時点間の貸借対照表の増減明細だけでは、ネットされた純額(貸方借方で相殺消去された後の金額)しか把握できない。
資金管理する立場の人からすれば、確実に、支払法人税と現金配当といった形で社外流出するはずである資金(支出)の絶対額は知りたくなるのが人情だし、減価償却費という非現金支出費用は、自己金融機能といって、社内に資金を留保する働きがあるため、その影響額を知りたくなるのが通常である。
よって、法人税額と減価償却費を損益計算書(P/L)から、現金配当額は株主資本等変動計算書(S/S)から、それぞれの資金への影響額を抜き出して増減明細に加えていく。
さらに、固定資産は、新規に設備投資がなされれば、残高が増える方向に振れるが、同時に減価償却されると残高が減少する方向に振れる。
設備投資(固定資産残高)がプラスになって、資金運用項目となるか、マイナス(貸方残)になって、資金調達項目となるかは、新規の設備投資額と既存設備の減価償却費の大小関係に依存する。
一般的に、❶当期B/S、❷前期B/S、❸両者の増減明細、❹P/LとS/Sから抜き出した調整項目(修正項目、❺左記の項目をすべて考慮して完成させた精算表、を真横に並べて、作業プロセスの順に精算表をデザインしておくと、処理の流れも理解しやすくなるし、数字の増減理由も頭に入りやすくなる。
- 当期と前期のB/Sの増減表当期と前期の貸借対照表(B/S)における各残高の増減を求める
・資金運用を分析したい期間の最初と最後のB/Sを用いる
- 修正項目
の追加総額で把握しておきたい項目を追加する例)当期純利益だと、法人税と税前利益がオフセット(相殺)された後
これを、税前利益と法人税支払額(納税充当額)として総額表示する
例)設備投資(固定資産)は、新規投資を借方、減価償却分を貸方に記入する - 精算表の完成増減明細と調整項目を加算して精算表を完成させる
・増減明細に総額表示させた項目を加える
修正項目は、総額表示させたい項目を目立たせるため。修正項目を追加するときは、必ず貸借同額になるように金額を追加するのが間違わないコツ
シミュレーション
Excelテンプレート形式で資金運用表(三分法)の作成方法を示す。
入力欄の青字になっている「現預金」「売掛金」「棚卸資産」「固定資産」「買掛金」「短期借入金」「長期借入金」「内部留保」「売上高」「当期仕入高」「減価償却費」「実効税率」に任意の数字を入力すると、「資金運用表(三分法)」 のグラフまで自動作成される。
どんな入力をしても、元ファイルが壊れることはない。入力し直したい、元に戻したい場合は、画面を更新(F5押下など)すれば、初期値に戻る。
自分の手元でじっくり検証したい場合は、表題下のダウンロードボタンから、Excelをダウンロードすることをお勧めする。
上記サンプル例における数字の意味を把握しておく。
- 運転資金
- 売上が順調に成長しているため、棚卸資産(在庫)と買掛金が 10 だけ増えている
- 一方で、販売条件の改善により、売掛金を ▲20 減少させることができた
- 長期資金(固定資金)
- 税前現金利益
- 当期利益 35、減価償却費 50、納税充当額 15の合計 100
- 設備投資 70
- 決算関連資金(社外流出)40
- 法人税等 15
- 配当金 25
- 税前現金利益
- 財務資金
- 新規の借入 80
- 現預金の増加 90
ここから分かることは、
売上高の成長に伴う運転資金の拘束より、販売条件の見直しによる売掛金の早期回収効果が上回り、20 だけ運転資金の拘束額を減らすことに成功している。
長期資金については、税前現金利益に伴う資金調達が 100 あったのだが、法人税と配当金の支払という社外流出 40 と設備投資 70 でこの利益額を使い切ってしまったうえ、さらに 10 だけ長期資金不足が発生している。
財務資金については、長短借入金による新規の借り入れが合わせて 80 だけ実行されたのだが、現預金は 90 と、借入増を 10 だけ上回って積み増しされているため、財務資金内で見る限り、10 の資金余剰が発生している。
これらの結果をサマリすると下表のようになる。
運用 | 調達 | ||
---|---|---|---|
長期資金の不足 | 10 | 運転資金の減少 | 20 |
財務資金の余剰 | 10 |
なお、各項目は、借方残・貸方残のいずれになってもExcelの表とグラフは壊れないよう作成に留意している。
但し、資金余剰と不足が貸借で逆になった場合、グラフ上の系列名などの表記が一部崩れたり非表示になったりする。残念ながら、VBAなどのカスタマイズなしではこれが精一杯の仕様である。
(よい知恵があったら、「お知らせ」からご一報頂きたい)
(参考)
使用している Excel 関数は、「if関数」「max関数」「sum関数」
条件付き書式を用いて、黄色と青色のハッチングを該当セルにかけている
計算目的と使い方
二分法と三分法の大きな違い
基本的な計算目的と使い方は、「資金運用表 – 二分法(在庫投資なし・設備投資なし・新規借入なし)」「資金運用表 – 二分法(在庫投資あり・設備投資あり・新規借入あり)」の本項に譲るとして、ここでは、三分法の最重要ポイントである「三面評価」について解説する。
これは、後のキャッシュフロー計算書にも引き継がれるのだが、資金の運用と調達のバランスを、❶運転資金、❷長期資金(固定資金)、❸財務資金の3区分で把握するものである。
二分法との大きな違いは、表示項目が移動することにある。
- 「現預金」が運転資金から財務資金へ移動
- 「借入金」が長期資金から財務資金へ移動
「二分法」を用いる真意は、ショートサイクルで動く短期的資金と、長期スパンでコントロールすべき長期的資金をそれぞれの資金サイクルの中で調達・運用をやり繰りし、一時的な資金アンバランスをお互いの余剰分で補い合う様子を管理する点にある。
それゆえ、「現預金」は運転資金に含めて管理するのが適切だし、借入金は、本サイトの前例では、わかりやすさのために長短の区別を敢えてしていなかったので、すべて長期資金として管理していた。
「三分法」は、資金サイクルの長短に加えて、財務活動と非財務活動に伴う資金サイクルも管理下に置こうとするところから、この3区分が最終的に定義されたのである。
三面評価の大まかな管理プロセス
まずは、すぐに支払期限が到来する短期資金のサイクルを運転資金の中で管理していくことになる。一時的に支払いが滞ると、いわゆる資金繰りに窮して、倒産(銀行取引停止)に追い込まれかねないため、運転資金不足は、長期資金か財務資金で手当てする必要がある。
次に、相対的に、運転資金より増減サイクルが長期にわたる長期資金(固定資金)の調達と運用バランスを見ていくようにする。
ここで、長期資金が一時的に不足した場合は、運転資金の余剰か財務資金によって手当てされる必要がある。
最後に、財務資金の調整が行われる。運転資金と長期資金間での一時的なバランス調整に失敗したときに、財務資金の出番となる。
運転資金と長期資金が共に不足に陥った場合には、手元資金(現預金)を振り分けるか、新規に資金調達(借入または増資)を行う必要がある。
解説
これまで、「二分法」の箇所で内容面の解説は済まされている。ここでは、テクニカルなポイントについて解説を行う。
三分法における各項目の表示について
「資金運用表」は、 B/S、P/L、S/Sの情報をかき集めて作成されるので、自ずと貸借情報を有する。
きちんと簿記を学習して「総勘定元帳」の締め処理を経験した者ならば、一見して矛盾している貸借表記が本当は正しいのだということが理解できるはずである。
例えば、上記例における「減少運転資金(Net) 20」は、資金運用表の左側(すなわち借方)に表示されている。
しかし、これは、本来的には「貸方残」の数字であり、表やグラフでは、右側(貸方)に存在するものである。
貸借バランスさせるために、あえて反対側に表記させることで、縦計が左右(貸借)で揃うことから、計算ミス・計上ミスを事前に防ぐことができる効能がある。
簿記のメカニズムを十分に理解しなくても、本質だけを抽出して理解し使いこなすこともできる。
しかし、自前でワークシートを作成したり、会計管理系システムを構築するためには、どうしても簿記の最低限必要な知識はないとインプリが覚束なくなる。
筆者の経験則上、その最たるものがこの反対仕訳的な締め処理に纏わる表記方法なのである。
外部公表用財務諸表データで作成できる限界について
基本的に、外部公表用財務諸表データから、資金運用表は二分法も三分法も作成することができる。
しかし、実務面において、作成上(テクニカル上)で注意すべきことがいくつかある。
- 減価償却費
- P/Lに減価償却費がそのまま表示されている可能性は限りなく小さい
- 実際には、注記か、キャッシュフロー計算書からその値をとることになる
- 期末棚卸資産(期末在庫)
- P/Lで把握できるのは、仕入品と完成品の移動のみ
- 製造業の場合は、仕掛品の増減も考慮しなければならないため、厳密には製造原価報告書(製造原価明細書:C/R)の情報を入手する必要がある
- しかし、現実には、キャッシュフロー計算書に取って代わられて、C/Rを開示している企業は極少数になっている
- 税効果会計と経過勘定
- P/Lは発生主義会計であり、B/Sは現金主義であるため、両者の差額調整である経過勘定を全て認識する必要がある
- 特に、法人税等の支払額と、納税充当額はほとんどのケースで一致しない
- 両建てと純額(ネット)表示
- P/LとB/Sをまたぐ取引は、すべて利益調整額とその対象科目で処理できるが、B/S項目同士の取引は、例えば、資本取引などは計上漏れや科目間違いが起きやすい
- 両建てだと表示される項目も、貸借差額(純額表示、ネット表示)すると、表やグラフから消失するものが発生する
表示科目の選択と表示箇所の適切性について
現在時点で、資金運用表は公表用財務諸表ではなくなっているため、作成要領はすべて内部管理によるものになっている。
作成目的(使用目的・管理目的)によって、適切な科目表示と適切な段組みが行われる必要がある。
現預金
有り体に言うと、一般的な三分法における「現預金」の表示箇所は「財務資金」である。
しかし、資金余剰として、投下待機中の「余剰現預金」と、現金商売をしている企業における「運転資金」の一部として利用される「運転資金用現預金」は、管理目的にもよるが、その金額が口座情報などで分別管理できているのなら、後者の現預金は「運転資金」に含めて表示されるべきであろう。
借入金の長短識別
一般的には、「短期借入金」も「長期借入金」も、共に「財務資金」に含めて表示されることが多い。
しかし、短期借入金が運転資金に特化して運用されており、機動的に一時的資金需要に伴い増減可能な状態ならば、これを「運転資金」に含めることが管理目的に資するかもしれない。
一方で、「長期借入金」はワンイヤールールに縛られて「長期性負債」とされているだけならば、返済期限が1年以内に迫った分は、短期負債に表示を組み替えるのが適切かもしれない。
この場合、仮に「短期借入金」が「運転資金」に含めて管理されている場合は、この返済期限が1年内に迫った長期借入金について、どの資金の部に表示するか検討する必要がある。
また、「短期借入金」について、金融機関との取り決めで、ロールオーバーが容易に認められており、実際そのように運用されているのならば、実質的にはその借入金は長期性を有しているのかもしれない。
制度会計(財務会計)は、公表用財務諸表を利用するユーザが誤解しないことを目的にして、科目使用や表示についてもある程度厳格なルールが存在する。
資金運用表の管理・使用は、あくまで管理会計(資金管理)に基づくものだから、管理目的と事業の本質に基づいて作成されるべきであろう。
いわゆる「レレバンス・ロスト」は困るのである。
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