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歴代 国際連合 事務総長 Secretary-General of the United Nations

歴代 国際連合 事務総長 Secretary-General of the United Nationsリベラルアーツ
「ダグ・ハマーショルド」「ウ・タント」「コフィー・アナン」歴代 国際連合 事務総長 Secretary-General of the UN

国際連合事務総長について

国際連合憲章第97条のもとに、事務総長は安全保障理事会の勧告に基づいて総会が任命する。

事務総長の候補者になるためには、国際連合安全保障理事会(安保理)の9か国以上の理事国からの承認票を得たうえで、かつ、いずれの常任理事国からも拒否権を行使されないことが必要になる。

安保理から勧告された候補者が総会によって拒否されたことはこれまでになく、次期事務総長は実質的に安保理の選出によって決定される。しかし、常任理事国5か国は拒否権を行使することができ、実際に拒否権を行使したケースが複数ある。

事務総長の任務は国際連合内部の組織運営をめぐるものと加盟国における紛争などに際しての調停や国際連合が扱う諸問題についての発言などの両方が含まれる。

国際連合の6つの主要機関のうちの一つである国際連合事務局の代表であり、位の位置付けとしては最も立場が高いとされ、国際連合の最高職に位置すると考えられている。

任期については国連憲章に規定はないが、事実上、2期までという非公式の制限が存在する。

常任理事国の国民は、国連への権力集中を強めることになるとして、これまで事務総長に立候補したことはない。

暗黙の了解として、英語とフランス語の双方を流暢に話せることが資格要件であると考えられている(過去にフランス語を話せない候補に対して、フランスが拒否権の行使または投票を棄権している)。

戦後

氏名

在任期間

事績

代理

グラッドウィン・ジェブ
Hubert Miles Gladwyn Jebb

グラッドウィン・ジェブ Hubert Miles Gladwyn Jebb

イギリスイギリス

1945.10.24 – 1946.2.1

1945.8 国連設立準備委員会事務局長に就任

1945.10.24 事務総長代行を務める

初代

トリグブ・リー
Trygve Halvdan Lie

トリグブ・リー Trygve Halvdan Lie

ノルウェーノルウェー

1946.2.1 – 1952.11.10

イスラエルとインドネシアの建国を支援、国連加盟を認める

1946.12 フランコ独裁政権に反対しスペインをファシストの国として排除する国連決議を採択

フランコとカルメン夫人(1968年)
フランコとカルメン夫人(1968年)

1948.5.29 旧イギリス委任統治領パレスチナの休戦協定に際し、国連警護隊を派遣、国連初の平和維持活動である国連休戦監視機構(UNTSO)を発足

1950.7.30 朝鮮戦争に対し、国連安保理が国際連合安全保障理事会決議85を可決してマッカーサーを司令官とする国連軍(多国籍軍)を承認

韓国に到着したダグラス・マッカーサーを迎える李承晩大統領
韓国に到着したダグラス・マッカーサーを迎える李承晩大統領

1950.11.1 国連総会でリー氏に対し、1951.2.1から3年間の2期目の任期が決議される

2代

ダグ・ハマーショルド
Dag Hjalmar Agne Carl Hammarskjöld

ダグ・ハマーショルド Dag Hjalmar Agne Carl Hammarskjöld

スウェーデンスウェーデン

1953.4.10 – 1961.9.18

1956.7-1957.3 第二次中東戦争(スエズ動乱)

 第二次中東戦争 スエズ動乱
スエズ運河に侵攻する英仏軍

イスラエルとアラブ諸国との停戦合意を支持し、同地域の状況改善と和平に向けた進展を推進する外交活動を継続

1956 国連緊急軍(UNEF)の創設と創設後の運営管理

国連緊急軍(UNEF)
シナイ半島にて。ユーゴスラビアのUNEF兵士(1957年1月)

1957 スエズ運河再開通とスエズ危機の平和的解決の支援、国連レバノン監視団(UNOGIL)の設立と運営

1958 ヨルダンにおける国連事務総長特別代表事務所の開設

1961.9.18 コンゴでの和平ミッション遂行中、搭乗機が墜落して事故死

レオポルドヴィルとンドラの位置関係
レオポルドヴィルとンドラの位置関係

代理

ウ・タント
U Thant
သန့်

ウ・タント U Thant သန့်

ビルマ連邦ビルマ連邦

1961.11.30 – 1962.1.1

1961.11.3 安保理が決議168でタントを推薦、国連総会が全会一致で、1963.4.10までの任期でタントを事務総長代行に任命

3代

ウ・タント
U Thant
သန့်

ウ・タント U Thant သန့်

ビルマ連邦ビルマ連邦

1962.1.1 – 1971.12.31

1962.10 キューバ危機を鎮静化

キューバ危機
キューバ近海でにらみ合うアメリカの軍用機P-2とソ連の軍用貨物船

1965.11.25 コンゴ動乱を終結

コンゴ動乱
1961年のコンゴの地図 青:カサブブ政府、赤:ギゼンガ政府、緑:カタンガ国、黄:カサイ国

国連開発計画、国連大学、国連貿易開発会議、国連訓練調査研究所(UNITAR)、国連環境計画を設立

1966.12.2 安保理の全会一致の勧告に基づき、国連総会が1971.12.31までの任期でタントを再任

1967 シナイ半島からの国連緊急軍(UNEF)の撤退に同意

1971.10.25 第26回国際連合総会2758号決議(アルバニア決議)にて中華人民共和国が国連安保理常任理事国および中国の代表となる

アルバニア決議

4代

クルト・ヴァルトハイム
Kurt Josef Waldheim

クルト・ヴァルトハイム Kurt Josef Waldheim

オーストリアオーストリア

1972.1.1 – 1981.12.31

1972.3 ナミビア問題の解決策を求め、南アフリカとナミビアを訪問

1972.6/1973.8/1974.8 キプロス訪問(政治指導者と協議、キプロス島に展開する国連平和維持軍を視察)

1973.8 シリア、レバノン、イスラエル、エジプト、ヨルダンを訪問

1974.6 レバノン、シリア、イスラエル、ヨルダンおよびエジプトの首脳と会談

1974.11 国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)の任務延長に関してシリア、イスラエルおよびエジプトを訪問

1973.2 インド、パキスタンおよびバングラデシュの各国政府と協議、バングラデシュの国連救援活動を視察

1974.2-3 干ばつ被害者を支援するため国連が大規模な救援活動を展開するアフリカのスーダン・サヘル地方の国々を訪問

1976 再選

1981.12.3 中国の16回に及ぶ拒否権の行使により3選を断念

5代

ハビエル・ペレス=デ=クエヤル
Javier Pérez de Cuéllar y de la Guerra

ハビエル・ペレス=デ=クエヤル Javier Pérez de Cuéllar y de la Guerra

ペルーペルー

1982.1.1 – 1991.12.31

1981.12 アメリカと中国の拒否権行使による膠着状態から、第三世界の候補者から最終的に選ばれる

1986.10 再選

1982 フォークランド紛争後のイギリスとアルゼンチンの調停を主導

フォークランド紛争(マルビナス戦争)

1983.9 中米危機(エルサルバドル、ニカラグア、グアテマラでの軍事紛争)に対処するコンタドーラ・グループの活動を推進

コンタドーラ・グループ
コンタドーラ・グループ

1988.12.22 ニューヨーク協定によりナミビア独立戦争が終結(ナミビアの独立交渉)

ナミビア独立戦争
ナミビア独立戦争

1991.4 国連の仲介でモロッコとポリサリオ戦線が停戦合意、9月に国連西サハラ住民投票監視団(MINURSO)が派遣

西サハラ
西サハラ

1991-95 クロアチア紛争

クロアチア紛争

キプロス問題の仲裁

1986 ニュージーランドとフランスの間で起きたレインボー・ウォーリア号事件の国際仲裁委員会の議長に就任

6代

ブトロス・ブトロス=ガーリ
Boutros Boutros-Ghali
بطرس بطرس غالي

ブトロス・ブトロス=ガーリ Boutros Boutros-Ghali بطرس بطرس غالي

エジプト

1992.1.1 – 1996.12.31

1992 『平和への課題』(Agenda for Peace)を発表

1993.3.26-1995.3.31 ソマリア内戦への介入(第二次国際連合ソマリア活動)で「平和強制部隊(平和執行部隊)」が予想以上の損害を出す

1994 ルワンダ虐殺の際に国連が行動を起こさなかったことで批判される

国際連合ルワンダ支援団の司令官であったロメオ・ダレール将軍
国際連合ルワンダ支援団の司令官であったロメオ・ダレール将軍

継続中のアンゴラ内戦(1975-2002)への介入に国連内の支持を集めることできず

アンゴラ内戦
アンゴラ内戦

1991- 第二次国際連合アンゴラ検証団 (UNAVEM II)
1995- 第三次国際連合アンゴラ検証団 (UNAVEM III)

1991-2001 ユーゴスラビア紛争

ユーゴスラビア
ユーゴスラビア

ボスニアで国連平和維持軍が機能せず、1995.12にNATOが介入

1996 アメリカの拒否権発動により再選を断念

7代

コフィー・アナン
Kofi Atta Annan

コフィー・アナン Kofi Atta Annan

ガーナ

1997.1.1 – 2006.12.31

1999 「グローバル・コンパクト」を提唱

2001.6.29 国連総会で再選される

2004 国連の事務総長としては初めて来日

2005 平和構築委員会および人権理事会の2つの新しい政府間機関を創設

エイズ、結核およびマラリアに取り組むための世界基金の創設

国連による史上初のテロ対策戦略の採用

大量虐殺や戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪から人々を「保護する責任」を国連加盟国に認めさせる

8代

潘基文(パン・ギムン)
Ban Ki-moon
반기문

潘基文(パン・ギムン)Ban Ki-moon 반기문

大韓民国韓国

2007.1.1 – 2016.12.31

2007年の気候変動サミット

世界的に重要な貧困対策目標「ミレニアム開発目標(MDGs)」への注力

2009 平和維持活動に関する「ニュー・ホライズン(New Horizons)」イニシアティブ

2010.9 「女性と子どもの健康の実現に向けたグローバル戦略」

2011.11 UN Womenの創設

2011.6.21 国連総会で再選される

9代

アントニオ・グテーレス
António Guterres

アントニオ・グテーレス António Guterres

ポルトガルポルトガル

2017.1.1 – 現職

2019 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックへの対応

2022 ロシアのウクライナ侵攻

ロシアのウクライナ侵攻

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主な経歴:電機メーカー(当時東証1部/現プライム)、監査法人(BIG4)、外資系IT企業、外資系コンサルティングファーム、日系コンサルティングファーム、PEファンド(ハンズオンの企業再生担当)

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