計算式
在庫循環図は、横軸を生産指数または出荷指数の前年同期比、縦軸を在庫指数の前年同期比として、各時点の状況を縦横の散布図にプロットしたものである。
これら指数は、国の統計である鉱工業指数で提供される。
在庫循環図は、ミクロな個別企業に当てはめるより国や地方自治体、業種などを主体とするマクロ経済分析で用いることが多い。
散布図上にプロットされる指数の相対的位置と前期からの変位の幅(大きさ)から、分析主体の景気状況を探るものとなる。
各指数はラスパイレス算式を用いて計算されている。これは、調査時と基準時の価格の変化を基準時の数量をウエイトとして加重平均したものとなる。
\( \displaystyle \bf ラスパイレス指数=\frac{~~~~~\sum(今年の財の価格\times基準年の財の数量)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~}{\sum(基準年の財の価格\times基準年の財の数量)~~~~~~~~~~~~~~~} \times100\)
※上式の「今年」は各年(調査時)におけるそれぞれの比較年を指す
\( \displaystyle \bf 生産指数=\frac{比較時点の生産量}{基準時点の生産量}\times100 \)
\( \displaystyle \bf 出荷指数=\frac{比較時点の出荷量}{基準時点の出荷量}\times100 \)
\( \displaystyle \bf 在庫指数=\frac{比較時点の在庫量}{基準時点の在庫量}\times100 \)
定義と意味
在庫循環図は、生産指数と在庫指数の前期比の増減(大小)の組み合わせにより、景気状況を4つの局面に分類する。
# | 局面 | 在庫水準 | 生産水準 | 変化幅 |
---|---|---|---|---|
1 | 在庫積み増し局面 | + | |在庫変化幅|<|生産変化幅| | |
2 | 在庫積み上がり局面 | + | |在庫変化幅|>|生産変化幅| | |
3 | 在庫調整局面 | – | |在庫変化幅|<|生産変化幅| | |
4 | 意図せざる在庫減少局面 | – | |在庫変化幅|>|生産変化幅| |
1.景気の回復→2.成熟→3.後退→4.回復
景気動向の進展とともに、反時計回りに回転することが多く、各局面の景気状況を把握する上で参考になる。
在庫積み増し局面
景気回復初期にあたり、今後の景気回復を見越し需要予測が好転する。
現実に出荷が増加すると在庫不足が生じる。
企業は適正在庫まで回復させるため、生産が増加する。
在庫積み上がり局面
景気が成熟段階に入り需要の増勢が鈍化する。
生産増が出荷に追いつき、徐々に在庫は積み上がっていく。
在庫調整局面
景気過熱によるコスト増加や引き締めにより、需要の増勢が鈍化し、在庫がさばききれなくなる。
在庫過剰感から在庫削減のため生産は調整され景気は後退局面に入る。
意図せざる在庫減少局面
生産調整はさらに続き、在庫調整が続く。
在庫調整の終了段階が景気の谷となる。
在庫増減と主要活動指標との関係性から、分析対象となる経済主体の業績や景気変動を見る。製造業ならば生産指標、物販業ならば出荷指標、サービス業ならば稼働率を主要活動指標に採ることが多いと理解しておけば十分だ。
- 在庫変動と主要活動の繁忙度の大小関係で業績や景気変動の局面を推測する
- 分析対象の活動指標として適切なもの(生産、出荷、稼働率など)を選択する
解釈と使用法
一般的に、製造業においては、在庫と生産水準の変化から、業績変動の節目を探るのに用いられる。
通常は、在庫指数が負数でかつ在庫指数の変化幅が生産指数の変化幅より小さい場合が不況(不景気)の底になることが多い。
(概ね、在庫指数は減少しつつ、生産指数が増加する領域にプロットされる)
逆に、在庫指数が正数でかつ在庫指数に変化幅が生産指数の変化幅より大きくなる場合が好況(好景気)のピークになることが多い。
(概ね、在庫指数は増加しつつ、生産指数が減少する領域にプロットされる)
なお、ミクロ分析(個別企業の業績評価)で在庫循環図を用いる場合は、在庫指数と生産指数を導くことができる情報が開示されていないこともある。
その場合は、在庫数量や生産数量の代わりに、❶在庫金額や生産金額(生産高)といった金額指標を用いる、❷生産指標の代わりに、「受注」「出荷」「売上」といった主要活動量を表す代理指標を用いる等の工夫を施すことで対応可能な場合も多い。
(当然、生産高・出荷高・売上高の認識基準の差異(タイミングのズレ)、金額評価に伴う測定基準上の差異(単価差異)は含められてしまう)
シミュレーション
以下に、Excelテンプレートとして、2016/4Q~2021/3Q(グラフ表示は2017/1Qから)におけるトヨタ自動車の2種類の在庫循環図をサンプルに採用している。
入力欄の青字になっている「期間(年)」「期間(月)」「棚卸資産」「売上高」「生産高」 に任意の数字(文字)を入力すると、表とグラフを自由に操作することができる。
「期間(月)」は四半期決算月を意味し、それぞれの値は単四半期における3か月実績値としている。
「売上高」と「生産高」による主要活動指標が異なる2種類の在庫循環図を共に掲載している。
どんな入力をしても、元ファイルが壊れることはない。入力し直したい、元に戻したい場合は、画面を更新(F5押下など)すれば、初期値に戻る。
自分の手元でじっくり検証したい場合は、上記のダウンロードボタンから、Excelをダウンロードすることをお勧めする。
在庫循環図(売上高)
上記の売上高を用いた在庫循環図では、2018/3月~2018/12月を除き、反時計回りに遷移するという定説を覆し、なぜか時計回りで推移している。
景気の谷が近づくにつれ、在庫減に先立ち、売上高などの主要活動指標のほうが早く落ち込むのがマクロ経済で観察されてきた経験則がここでは当てはまらない。
そこで、製造業の主要活動指標として、「生産」ではなく「売上」を用いことによる差分が影響したとの仮説を立てることにする。
売上は、在庫増減を加味して期間平準化のメカニズムが働くため、景気変動に対して、在庫増減より遅効性がある
この仮説が成り立つためには、「売上」に代えて、「生産」指標を採用して、反時計回りの軌跡を描く在庫循環図が作成される必要がある。
在庫循環図(生産高)
上記の生産高を用いた在庫循環図では、2018/3月~2019/3月を除き、やはり時計回りで遷移する結果となった。
これにより、主要活動指標としての「売上」と「生産」の違いという理由付けは該当しなくなった。
「生産高」を主要活動指標として採用することで、若干、反時計回りの期間が伸びたが、目を見張るほどの改善があったわけでもない。
ここまでくると、「在庫循環図」はマクロ経済分析には有効だが、ミクロ経済分析には不適切である、という別の仮説を検証する必要性を強く意識せざるを得ない。
しかし、その前にトヨタ自動車のものづくりの特徴に思いを馳せる必要があるかもしれない。
計画が大きく変わる事態が相次いだことから、サプライヤーへの生産計画の伝達方法を見直す。毎月下旬に3カ月先までの詳細な計画を伝えていたが、毎月上旬に大枠の計画をいったん伝えることにした。
トヨタ、世界生産下振れ 4~6月、平均80万台 半導体不足響く|日本経済新聞|2022/3/18
トヨタは世界に冠たる製造業のガリバーである。
その大きな特徴のひとつに「トヨタ生産方式(TPS)」「ジャストインタイム(JIT)」「かんばん」というキーワードでおなじみの「プル生産方式」がある。
トヨタ自動車がサプライヤーに自社の生産計画を前もって発注予定数を事前に知らせておくことにより(内示)、サプライチェーン全体での在庫量を極限まで減らすことを目指している。
この徹底した「プル生産方式」の効果は、本稿の「在庫循環図」が本来示すはずだった景気循環の軌跡を2つの意味で見直す必要性を喚起する。
- 「在庫」に対して主要活動指標の方が先行して景気変動に対応する
- 主要活動指標が「売上」でも「生産」でも、「在庫」との相対的な変動幅の関係は同じである
多くの製造業では、不況の底が近づいていくにつれて、売れ残りの在庫が積み上がっていく。この在庫の増加を観察した後に、生産水準を抑えにかかる。
したがって、在庫増減より生産増減の方が遅効性を持つはずだ。これが「在庫循環図」において反時計回りの軌跡を描く主要な根拠となる。
逆に、「プル生産方式」の場合は、先行きの需要減少の兆しが現れたら、真っ先に在庫の発注量を絞ることになる。
生産や売上(販売)は、サプライチェーン上に現存する在庫を次工程に順送りにして消化していくことになる。
こうして、トヨタ生産方式では、常に在庫変動が生産水準や販売水準の変化に先行する理屈が正道だと理解できる。
【参考】使用しているExcel関数
CONCAT関数、SUM関数
参考サイト
同じテーマについて解説が付され、参考になるサイトをいくつか紹介しておく。
[財務諸表分析]比率分析指標の体系と一覧
1 | 財務諸表分析の理論 | 経営分析との関係、EVAツリー |
2 | 成長性分析(Growth) | 売上高・利益・資産成長率、持続可能成長率 |
3 | 流動性分析(Liquidity) | 短期の支払能力、キャッシュフロー分析 |
4 | 健全性分析(Leverage) | 財務レバレッジの健全性、Solvency とも |
5 | 収益性分析(Profitability) | ROS、ROA、ROE、DOE、ROIC、RIなど |
6 | 効率性分析(Activity) | 各種資産・負債の回転率(回転日数)、CCC |
7 | 生産性分析(Productivity) | 付加価値分析、付加価値の分配 |
8 | 市場指標(Stock Market) | 株価関連分析、株主価値評価 |
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