BPR Business Process Reengineering
イントロダクション-類似語についての整理
リエンジニアリング(Reengineering)とは、元来、製品を再デザインするために、対象製品をバラバラに分解してその内部機構を調べるやり方を指していた。
その原義の方は、現在では、「リバースエンジニアリング(Reverse Engineering)」と呼ぶことの方が一般的になってきている。
今般では、リエンジニアリングといえば、急激な技術革新(特にIT分野)と市場競争環境の急変が引き起こす経営組織・経営プロセスの再構築という意味で使われることが多い。
例えば、ただ単に、時代遅れのプロセスをIT化された自動プロセスに置き換えるのみならず、全く新しい青写真(ブループリント)で描かれた最新ITを装備することで市場機会を捉えていくという、既存事業の基礎を根本的に置き換えるプロセス変更を意味することが多くなった。
いきおい、そのような急変革は、既存オペレーションのほぼ全てを捨て去り、新しいものへと置き換える激変措置となる。
この「再構築」という和訳にも、多義的要素が含まれている。「リエンジニアリング」とほぼ同時期に「リストラクチャリング(Re-structuring)」という言葉もビジネスで用いられ始めていたからだ。
「リエンジ」と「リストラ」は、提唱者とそれを担いだコンサルティングファームが異なるだけで、やることは企業改革であり、突飛な新語を使っただけのセールストークにすぎないという辛辣な批評もある。
ここではもう少し用例などをつぶさに見て、これらを対比させてできるだけ理解しようという姿勢をとってみる。
「リストラクチャリング」は、事業ポートフォリオ管理(PPM)の視点から、不採算事業やコアコンピタンスから外れた事業を売却し、企業本来の競争力を高め、企業グループ全体の収益性の底上げを図るシーンで使われることが多かった。いわゆる経営資源の最適配分を目指したものである。
一方で、「リエンジニアリング」は、対象がもう少しビジネスプロセス寄りで、従来は各機能組織ごとに現場改善を繰り返すことで逐次的改良を重ねてきたが、思ったような成果が出なかったとき、組織の壁を取り払って、全社的観点・大局的視点から、ビジネスプロセス全体をゼロベースで見直して、いわゆる「全とっかえ」することで、長年のオペレーションの底に溜まっていた膿を一気に出し、プロセス刷新を目指したものである。
「リエンジニアリング」の方は、その対象が業務プロセスであるから、「BPR: Business Process Reengineering」としての表記・用法の方が一般的になった。
日本特有の用法として、BPRといえば、単なる「業務改革」を指す言葉として、日本企業が得意だった積上型・継続型の「カイゼン」とほぼ違わない用法が横行するようになった。もはや、猫も杓子も、特にコンサル業界では、「ビーピーアール」という言葉が当たり前になっている。
いずれにせよ、「リストラクチャリング」由来の、不採算事業を売却したり、事業のダウンサイジングを図ること、「リエンジニアリング」由来の、無駄を排除した新規プロセスに適合させるため、オペレーション体制の見直しを図ることは、いずれにせよ、人事異動や整理解雇の必要に駆られる可能性が非常に高い。
そこから、日本特有の用語としての「リストラ」は、結果として採用される可能性が非常に高くなっただけの方策のひとつにすぎない不要人員の「整理解雇」を表す新語として定着するようになった。
「事業再整理」でも「プロセスのゼロベース刷新」でも、大多数の日本のビジネスパーソンの最大の関心事は己の「雇用維持」だと考えると、この新語用法(すでにもはや新語ではなくなった感があるが)は、従来型日本企業の「終身雇用」が成せる功罪の内のひとつかもしれない。
- リエンジニアリング:全般的・トップダウン的な業務プロセス改革
- リストラクチャリング:PPMに基づく事業再構成
- ビーピーアール(BPR):(とにかく)業務改革(しようという掛け声)
- リストラ:整理解雇(をカタカタ表記にして印象をやわらげようとした)
BPR誕生の原因となった問題点
マサチューセッツ工科大学(MIT)教授のマイケル・ハマーと経営コンサルタントのジェイムス・チャンピーが1993年に出版した「Reengineering the Corporation: A Manifesto for Business Revolution(リエンジニアリング革命―企業を根本から変える業務革新)」で唱えた「リエンジアリング」の精神は次の通り。
従来、企業が大事にメンテナンスを続けてきた事業プロセスは、20世紀初頭の自動車業界における組立工程ラインでのオペレーション型に過ぎなかった。確かに作業員の専門家化と分業はその当時は爆発的に生産効率を向上させた。
作業員は繰り返し同じ製品を作り続けることで作業に習熟し、習熟度が上がると作業スピードが増し、作業スピードが速くなれば、時間当たり生産量が増加する。
作業員の専門家化は、ひとつの作業から次の作業へ移るための段取り時間を極めて短縮化してくれる。段取り時間の短縮は、実作業すなわち直接作業時間(生産活動時間)の時間確保に有利に働く。
このように、専門家化による直接作業時間の増加と分業がもたらす熟練工化による時間当たり生産量の増加こそが生産効率の向上の主要因となった。これがいわゆる組立ライン型モデル(assembly line model)で、1900年代初頭に誕生した自動車産業を代表する成功体験となったのである。
しかしながら、1900年代初頭の成功体験はもはや通用しない時代となった。問題はプロセス断片化(fragmented process)にある。この時問題視されるプロセスは、単に生産だけでなく、購買、注文管理、営業、アフターサービスまで含む。
分業モデルがプロセス断片化を促進してきた。各機能組織別は、目先の自分が担当する機能について作業を完遂することだけを目指し、終わった作業は次工程の機能組織へ次々と引き渡されるだけとなった。
今日では業務がますます肥大化・複雑化し、組み立てライン型モデルが果たしてきた分業による生産効率化の効き目も悪く、悪影響も目立つようになってきた。
各機能組織が部分最適(自組織の都合優先)だけで目先の作業効率の向上にのみ努力を払ってきたために、各機能組織間に横断する問題、例えば顧客クレーム対応等は後回しにされがちになる。顧客クレームは、即時適切な対応がサービス担当に求められるだけでなく、真因追求や再発防止は、開発部門・生産部門・営業部門の協力を仰がねばならない。
また、自組織の稼働率や生産効率だけを追求すると、社内組織横断的につらなるサプライチェーン全体から見れば、各所各所に在庫の山ができ、手待ち時間が増え、段取り替えの指示連絡の遅れ、不確実な需給予測による作業計画の乱れが目立つようになる。
作業計画が当てにならないから、配員計画も適材適所への配慮が難しくなる等、人事・総務・経理などの間接部門の業務効率にまで悪影響が出てしまう。
リエンジニアリングの精神は、部分最適ではなく全体最適を目指し、個々の非効率な業務は自動化などの効率化を個別に手当てするのではなく、サプライチェーン全体の設計バランスを見直して、そもそもの非効率作業自体をなくしてしまうところにある。
BPRの概要
BPRは、作業フロー(ワークフロー、workflow)を解析して根本的に再設計(redesigning)する。この再設計は、いわゆる継続的な「カイゼン」ではなく、量子跳躍的な大変革である。
ハマーとチャンピーは、リエンジニアリングにおいて、作業とは成果(outcomes)によって評価され組織化されるべきで、決して作業を構成するタスク(task)そのものの意味や方法論から評価・設計されるものではないとした。
作業は「何が達成されるか」で設計されるべきで、「どうやって行うか」という視点のみで設計するべきではないということだ。
(これと同様の対照比較は、マーケティング理論では「マーケットイン」と「プロダクトアウト」の対比として有名な話)
BPRを始めるにあたって、まず最初に組織内プロセス内の各作業にはどんなものがあるのかをきちんと把握する。次に、それら各作業のうち、リエンジニアリングすべき対象について優先順位付けを行う。
その優先順位付けのクライテリアは以下の通り。概ね、この番号順に判断するとよい。
- どの作業が最も機能不全(dysfunctional)に陥っているか
- どの作業が最も顧客に与える影響(impact)が大きいか
- どの作業のリエンジニアリングが実現可能(feasible)か
もちろん、昨今隆盛を極めているIT分野の最新テクノロジーの活用も妨げていない。ただし、コンサルタントが敷衍した一般的なイメージとは異なり、BPRでは古い業務プロセスをもっと効率的にするためにIT導入をするのではなく、むしろ、新しい作業方法を見出し、古い業務ルールを壊して新しい業務ルールを作り上げるためにIT導入する。
その最たるものが、「一つの情報は必ず一か所で入力し(発生させ)、その情報が必要な業務/組織の全てで同時並行的にいつでも参照・再利用できるようにする」というもので「One Fact in One Place」というデータベース運用時の最も大事な鉄則のひとつでもある。
仮に、顧客からの注文データを、受注管理システムに入力するとともに、見込み生産の場合は在庫引き当て業務へ、受注生産の場合は生産管理システムへ、再通知や再入力するのが常態化していたならば、その再通知や再入力業務は、BPR目線からは真っ先に削除・廃止対象となるし、ERP等のIT目線からも、真っ先にシステム統合化の対象業務となることは間違いない。
BPRの運用
一般的にBPR推進時に関与すべき者としては、以下の通り。
- リエンジアリングのプロジェクトリーダー(BPR対象業務やシステム領域ごとに任命)
- プロセスマネジャー(BPR対象業務の責任者)
- リエンジアリングのプロジェクトメンバー(現状分析、BPRプロジェクトの遂行管理)
- リエンジアリングのプロジェクトのステアリングコミッティー(BPR戦略推進の意思決定者グループ)
- リエンジアリングのプロジェクトの最終意思決定権者
リエンジアリングのプロジェクトは以下、BPR-PJTと略記する。
BPR-PJTの作業プロセスは、まず顧客から始める。決して自社の製品やサービスから始めてはならない。BPR-PJメンバは、最高品質と最良の効用をより低コストで顧客に提供するにはどうしたらよいか、という問いを常に念頭に置きつつプロジェクト作業にあたらねばならない。
この問いに対する答えとしてよく言われているのは自社内のバリューチェーン上の活動を組織化してより効果的に運用するべきだというものである。
具体例としては、(業種や組織風土、成長ステージにより効果発現の程度は様々だけれども)、多能工化による業務効率化がよく挙げられる。
多能工化とは、それまでは、ひとつの仕掛品が複数の工程を経て完成品となるプロセスにおいて、ひとつひとつの加工作業に当たるそれぞれの専門工の手から手へ仕掛品が渡り歩いていたのを、一人または一つのグループで全ての工程における作業を完結させることである。もちろん、そこで複数作業をこなせる工員は多能工と呼ばれる。
作業が一人または一か所で完結するから、仕掛品が社内プロセス上で旅をする時間を節約できるし、複数の専門工の人件費より多能工一人の人件費の方が単純に安くつく、というのがその効率化の理由として挙げられる。
もちろん、実際には問題はそう簡単なものではない。多能工の育成とアサインには困難性が付きまとうし、いくつものスキルを身に着けた多能工の処遇が低いままでいいのかという問題もある。
また別の例として、クロスファンクション組織(cross-functional teams)の立ち上げにより、部門横断的な課題解決とスピーディーな情報連携を実現して、コスト低減と品質向上の両立を図るケースもある。
BPR-PJTが完遂した後、バリューチェーン上の諸活動により最終顧客に対してより高付加価値の製品を提供できるようになり、高品質を維持・管理する業務も卒なく運用することができるようになる。
また、一旦業務再設計がなされた後は、その業務についての継続的な「カイゼン」を施して新しいプロセスをより洗練させていくことになる。
最後に付け加えるなら、BPR-PJTで成し遂げたものには、必ず内部統制(internal controls)の見直し・再設計も加えらえていなければならない。内部統制の運用ルールや運用体制が再設計後の新プロセスに対応していなければ、せっかく再設計した業務が実運用フェーズ以後も、正しくその役割期待を発揮できるか分からなくなるからである。
【まとめ】
❶ BPRは、既存業務の非効率を解消するのではなく、非効率業務をなくすのが目的である
❷BPRは常に顧客目線で実施する
❸BPRは運用後も見据え、内部統制の変革も含める
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