全社戦略 Corporate-Level Strategy
概要
全社戦略は、全社レベル戦略またはコーポレート戦略ともいい、比較的中長期の視点を持つものが多い。
経営層は、自社の業界内の位置づけ、技術革新への対応、顧客選好への適応、現状のビジネスモデルに影響を及ぼす競合他社の動向などの環境変化にどう対応するかを思考し続けなければならない。
全社レベルの戦略にフォーカスすることは、経営層がトレンドと将来の市場機会を理解するのを助ける。だから、企業は変転極まりない環境においても競争優位を保ち続けることができるのである。
全社戦略では、経営層は新興のテクノロジーが自社のビジネスモデルにどのように作用するかを常に分析する必要がある。その結果、顧客ニーズと顧客グループがどのように変容するか、その変容に対応すべく、新たな自社の固有能力(コンピテンシー)は如何にあるべきかについても心を砕いていかなければならない。
このように、市場機会を上手に活用できるように、また脅威から自社を守れるように、変化の激しい市場における自社の最適なポジショニングを維持するには、全社戦略において自社のビジネスモデルを再定義や再配置しなければならない。
ある企業は既存市場に留まる方が最適なのかもしれないし、別の企業は新市場に移るのが最適解なのかもしれない。
経営層は、長期の収益性の最大化のために、どの市場に留まるべきか/どの市場に新規参入するべきかを全社戦略で考えることになる。
経営層は、自社の全社戦略が常に持続可能な競争優位を維持できるようなビジネスモデルを選定するのに役立つように機能させなければならない。持続的競争優位こそが企業に利益をもたらしてくれるからである。
型 | 戦略 |
---|---|
内部化 | 水平統合 Horizontal integration |
垂直統合 Vertical integration | |
中間 | 多角化 Diversification |
外部化 | 戦略的提携 Strategic alliances |
戦略的アウトソーシング Strategic outsourcing |
水平統合(Horizontal integration)
水平統合は、競合他社を吸収合併(M&A)する形で規模の利益(economics of scale)等の競争優位を獲得するために実行される。M&Aにはもちろん国境を越えた国外企業の買収もある。
水平統合は、経営資源を安く手に入れることができる企業を傘下に収めてコスト構造を低く抑えること、製品差別化を促進すること、親会社の成功体験・ビジネスモデルを新市場に持ち込んで効果を重複させること、ライバル企業を買収することで競争を緩和させること、企業規模を拡大することでサプライヤに対する購買力や顧客に対する販売力といった売買における交渉能力を引き上げること等により、自社の収益性を高めることができる。
しかしながら、水平統合には問題が発生することもある。すでに多くの過去事例が示す通り、水平統合で企業規模を大きくしただけのM&Aは、少なくとも株主価値が大きくなるケースは少ない。むしろ、株主価値が棄損するケースの方が多い。
(借入や増資による資金調達によってM&Aを実施して企業規模を拡大したとしても、EPSやROIC等の指標が上向かなければ、株主価値は増えたとは言えない)
いくつか原因が考えられる。❶企業規模の急拡大が「大企業病」の蔓延を促進してしまう、❷買収した企業とされた企業の組織文化・社風が合わずに生産性が落ちる、❸被買収企業の経営者が総入れ替えになって被買収企業の経営実態が分かりにくくなる、❹被買収企業の元従業員が出世・給与などの人事報酬面が原因のモラルハザードを起す等。
M&A前に入念にこれらの諸問題に対する対策を立てたとしても、M&Aは不可逆的であるため、ゲームのようにリセットしてやり直すことは現実問題として大変難しいのである。
垂直統合(Vertical integration)
垂直統合は、自社のビジネスモデルの強化や競争優位の継続のために活用されるのは水平統合の場合と同じ理由である。
垂直統合では、既存製商品・サービスのバリューチェーンの上流側にあたるサプライヤーを社内に取り込むか、BtoBの場合は、下流側にあたる顧客企業を社内に取り込むかの2パターンがある。
垂直統合は、既存製商品・サービスのバリューチェーン上に連なる異なるステップごとの付加価値活動を社内に取り込むことになる。異なるステップとは、例として、原材料⇨部品加工⇨最終組み立て⇨物流・販売⇨アフターサービス、といった作業区分ごとに表せるものである。
例えば、現在の自社ビジネスが、パーツを購入して最終製品の組立工程を社内に構えているのだとしたら、上流に向ってはパーツ製造業が垂直統合の対象となるし、下流に向っては最終製品の販売ルートを抑える商社・物流企業が垂直統合の対象となる。
垂直統合により、例えば、❶製品差別化が促進され、❷コスト低減が図れ、❸産業内競争を緩和できるのは、企業の追加的投資が、❶製品の品質向上と生産計画の柔軟性確保による納期短縮、❷オペレーションの効率化、❸需要変動と顧客ニーズの変化に対する迅速な段取り替え、という風に、バリューチェーン上の狙いを外さないところへ集中投下された場合が多い。
しかしながら、垂直統合により、組織内コミュニケーションに却って断絶が起きて、高コスト体質になったり、需要予測の精度が極端に悪化したりすると、競争優位が失われることになる。
また、技術革新が思った以上に速いときにも、時代遅れの技術への投資の償却残がまだ多く残っているという懸念から、社内設備や採用技術の更新が遅れがちとなり、遂には、在庫の陳腐化による評価損を計上するに至り傷口を大きくすることもあり得る。
戦略的提携(Strategic alliances)
戦略的提携は、垂直統合の代替案となり得るアイデアである。戦略的提携は、2社間もしくは複数社間で新製品開発や特許の相互利用、OEM製造、販売ルートの共有など、長期の互恵関係を締結するものである。
一般的なものに、特定の製品・部材のサプライヤーと購入側による、大口の優先売買契約を基本としたものがある。
戦略的提携は、長期の安定的な協力関係の元、お互いが提携のメリット(利益)をシェアするものである。
もし仮に、垂直統合が行われたら、特定資産への投資が巨額の固定費となり、安易な事業変更(ピボット)や撤退ができないことによる機会損失発生の可能性がある場合に、垂直統合の代替案として戦略的提携が好まれる傾向がある。
戦略的アウトソーシング(Strategic outsourcing)
戦略的アウトソーシングは、1社または複数社のバリューチェーン上のある工程を、独立した専門会社に任せることである。
そうした独立専門会社は、単機能・単一工程に特化して、従業員を育成し、専用設備に投資を集中させることで、特定業務・作業・商材の専門家として価値を発揮する。
アウトソーシングを依頼する企業は、アウトソーシング対象となる作業が自社の競争優位に直接は結び付かないから、対象作業に対する投資や従業員の配置を無くし、その分を自社の競争優位の元となる活動に集中させることができる。
アウトソーシングを依頼される企業は、依頼作業のボリュームと期間の長期化(安定化)が契約である程度保証されるため、依頼作業に特化することで、限定的ではあるが、規模の経済を効かすことができる。
また、該当作業の担当者は専門家としての技能を早期に上げることができるため、その点で他社との差別化(業務品質の向上)も図れるし、オペレーションの効率化から低コスト化を導くことも容易になる。
アウトソーシングのリスクは、ホールドアップ問題(hold-up problem)の一言に尽きる。
アウトソーシングの依頼企業があまりにアウトソーシング企業に依存しすぎると、足下を見られて、言いなりの値段で作業依頼を迫られるかもしれない。逆に、アウトソーシング企業がごく限られた企業(極端な場合は1社だけ)からしかアウトソーシング業務を受注していない場合、これまた足元を見られて、安値受注を強いられるかもしれない。
ホールドアップ問題をクリアするには、アウトソーシング契約にお互いに身を守る条項を盛り込む必要がある。その契約スキルが、戦略的アウトソーシングを行う上での競争優位といえなくもない。
別のリスクは、貴重な情報収集機会のロス(loss of valuable information)である。例えば、コールセンター等の顧客対応業務をアウトソーシングしていた場合、顧客からの不平不満(それは現行商品のカイゼンや新商品開発のネタになるかもしれないもの)の入手が遅れたり、そもそも耳に入ってこなくなる、というリスクである。
多角化(Diversification)
多角化(diversification)は、ひとつのコーポレート組織の下に、複数の事業を抱える組織構造を形成するものである。
ひとつのコーポレートで抱えるためには、その下にひもづく各事業を営んでいくにあたって必要な競争優位の元になる固有能力(コンピテンシー)はできるだけ共通・関連しているものである必要がある。
この共通性・関連性の観点から、多角化は、関連多角化(related diversification)と非関連多角化(unrelated diversification)とに分けられる。
企業が単一事業のみを営んでいるのなら、水平統合や戦略的アウトソーシングを自社のビジネスモデル強化のために採用するだろう。
多角化のメリットはリスク分散にある。もし、単一事業しか営んでおらず、その単一事業が成熟してしまったり、消失してしまうと、企業はたちまち成長もできないし、存続もできなくなってしまう可能性が高いからだ。
経営層は、新製品の市場機会をコンピテンシーのポートフォリオとして考える。既存事業(既存製品)のために既に活用されているコンピテンシーが他の新事業(新製品)に多重利用できないか(レバレッジをかけられないか)を探るのである。
もしそれが実現したなら一度で二度美味しい思いをすることができる。追加投資は限定的だが、享受できる利益は増えるので、高収益性と利益成長の両立が可能になるのだ。
コンピテンシーのレバレッジをかけやすいのは、既存事業に近いもの(関連多角化)であり、事業リスクの分散化からのメリットを享受しやすいのは、既存事業から遠いもの(非関連多角化)である。
であるから、この両者の選択はトレードオフになっている。
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予算管理 Planning/Budgeting/Forecasting 体系
1 | 戦略的計画 | Strategic Planning |
2 | 予算の諸概念 | Budgeting Concepts |
3 | 業績予測の技法 | Forecasting Techniques |
4 | 予算編成の方法論 | Budgeting Methodologies |
5 | 年度損益計画 | Annual Profit Plan & Supporting Schedules |
6 | 大綱的予算管理 | Top-Level Planning & Analysis |
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