概要
社会調査は、英語で「social research」「social survey」「field work」ともいい、人々の意識や行動などの実態を捉える方法のひとつである。
社会からデータをとる方法は、実験、観察など各種ある。文章や映像等の内容分析、既に集計済統計データ(マクロデータ)の利用などの手法もある。社会調査は社会学、政治学、経済学、経営学、人類学はじめ、社会に関連する学術、産業において用いられる。
経験的・実証的研究をやる場合であっても、必要とされるデータが既存の統計データとして得られるのならば、研究者自身が自ら社会調査を実施して集める必要はない。
例えば、国勢調査・社会生活基本調査・家計調査・厚生行政基礎調査等、諸官庁や調査団体が実施する統計データである。
しかしながら、既存調査の結果報告を用いるだけでは不足しており、自分で独自のデータ解析を実施したい場合、既存調査データが、電磁的記録媒体(現在では百歩譲っても、フロッピーディスクや光学ディスク(CD-ROM等)まで、パンチ・カード等の非電磁的記録媒体の利用は技術環境的に非常な困難を伴う)に収まっているならば、自分でデータ解析が可能となる。
しかしながら、既存データベースの構造や項目の欠落等により、通常は大きな制約がつきものだ。そこで、自前による一次データの作成が必要となる。
自前で実施する社会調査から得られた情報でデータ解析するメリットは、予めデータ解析の計画を立てて、解析に必要な被説明変数と説明変数を全部ワンセットにして(欲しいデータ形式で)、一挙に入手可能なことにある。
例として、個人の職業は国勢調査によって詳細に調査されているが、出生地・父親の職業・最初の職業・現在の職業・職歴・学歴・所得・ライフスタイルなどをワンセットにして、パス解析にかけたい場合は、国勢調査にある項目ではカバーされない。そのパス解析用には、「社会階層と社会移動全国調査」(SSM調査)というハンドメイドの統計的調査が必要となる。
社会調査は、社会学における経験的・実証的方法によるアプローチの最初の第一歩である。
経験主義と実証主義
「経験主義」(empiricism)は、「人間の全ての知識は我々の経験に由来する」とする哲学上または心理学上の立場である。 中でも感覚・知覚的経験を強調する立場は特に感覚論とも呼ぶ。
一方で、「実証主義」(positivism)は、実験や統計によって証明することができない現象についての研究は、学問の範疇から外すべきであるという考えである。この実験や統計で明らかにされる事象について、経験的事実に基づいて理論や仮説、命題を検証し、超越的なものの存在を否定しようとする立場である。
であるから、両者の基本的な部分は共通のものであるが、ここでは敢えてその異同を説く。但し、その異同が、本論である経験社会学及び社会調査・計量社会学に直接的に影響を及ぼすものではない。
経験とは人間が五感を通じて感覚的に認識することを指し、経験に源泉を持つ知識以外のものを知識として認めない立場を経験主義という。経験主義はイギリスの思想で、ロック、ヒューム、J・S・ミルに至るイギリス経験論哲学によって確立された。
経験主義は、反アプリオリズムの立場で、直接経験によって確証できないものを知識として拒否する。
(※アプリオリ:前提又は与件として疑うべきでないこと。先天的。)
他方、実証とは、知識を観察された事実によって検証することを指し、実証された知識以外のものを知識として認めない立場を実証主義という。実証主義はフランス思想で、サン=シモン、コント、デュルケームに至るフランス実証主義哲学によって確立された。
実証主義は、反神学・反形而上学の立場で、神学と形而上学の命題は観察された事実によって検証できないものとして、知識として拒否する。
経験主義と実証主義は、共に啓蒙主義の系譜に属し、数学と論理学の位置づけ以外は同じ所に帰着する。
経験主義では、ミルが主張するように、数学の命題もまた経験に源泉を持つものとして、反アプリオリズムを整合化する。実証主義、とりわけ20世紀に入ってからのヴィーン学団の論理実証主義(logical positivism)では、数学と論理学をアプリオリとし、経験的命題プラス数学・論理学のアプリオリによって実証的知識が形成されるものとする。
ちなみに、経験主義・実証主義に対立する概念は理念主義(idealism)である。
経験主義・実証主義は、科学的知識を経験的・実証的知識に限るものとし、社会科学もまた科学でなければならないとし、それ以外の知識を拒否する。
これに対して、経験主義・実証主義を自然科学の科学理論であるとし、社会科学の知識は経験的・実証的知識に限定され得ないとする立場が理念主義である。
社会調査の類型
社会学が経験的・実証的方法を用いる場合に必要となる一次データを作成するためのフィールドワークで、個人・世帯・組織などを被調査者として、観察・面接によってデータを集める作業が社会調査である。
一次データを必要とする研究主題は、各領域社会学ごとに非常に多数存在するため、そのようなデータを集める方法論である社会調査にも多種多様なアプローチ/種類が存在する。
- 社会事業調査(社会政策を目的とする調査)
- 地域社会調査
- 農村調査
- 都市調査
- 統計的調査
- 意識調査(態度調査)⇔ 事実調査
- その他調査テーマに基づく分類
- 社会史研究(過去の事実についての調査)
社会事業調査
社会調査の起源は、社会事業のための基礎データを得る目的で、都市労働者の貧困状態を調査したことである。ル・ブレー『ヨーロッパの労働者』(1877-79)、ロウントリー『貧困』(1901)、ブース『ロンドン人の生活と労働』(1902-03)は、社会事業調査の三大古典である。
日本においては、横山源之助『日本之下層社会』(1899)における都市貧困層の生活状況調査が最初といわれている。次いで1916年に高野岩三郎が労働者家計調査を行ったのが、日本の生計調査の古典とされている。
これらの人々は社会事業家・社会改良家と呼ばれ、社会学者が行う社会学的研究のための社会調査とは従来は別カテゴリーのものとされてきた。
しかし、これらの調査は社会問題・社会政策を主題とする調査として、社会学の政策論的分野に位置づけることができる。実際に、社会学者もしばしばこのような主題で社会調査を行ってきた。
例えば、日本における社会調査の草分けであった戸田貞三は、初期には社会事業の研究者であった。戸田は社会調査が社会事業のための必要性から発生した旨を社会事業研究所の講義で言及している(『都市調査概説』(1935))。
また、戸田門下から出た磯村英一の都市研究は、元来、都市の最底辺層たる浮浪者についての社会調査から始まった。磯村はこれを社会病理学と称したが、社会事業と社会病理学とは本来ひとつながりのものであり、政策論は目的論的な制約がつけられているという点で、通常の経験的・実証的研究からは区別されるが、事実の調査に関しては経験的・実証的研究と何ら変わるところはない。
地域社会調査
仮に社会事業調査を社会学とは別物とするなら、日本における社会学者による社会学的研究の名で行われた社会調査で最も歴史があるのが農村社会学で行われてきた農村調査である。戦前に行われてきた社会調査はそのほとんどが農村調査が中心で、都市調査が遅れてこれに加わった。一般には、農村調査と都市調査を合わせて地域社会調査と呼ぶ。
地域社会調査は個人を対象とするのではなく、地域社会を丸ごと対象としたところに特徴がある。地域社会内の個々人を対象とした社会調査は、通常は地域社会調査とは呼ばない。従って、地域社会調査は必然的に事例調査となる。
例えば、農村調査では、その村落の家族・親族、衣食住、農業経営、近隣関係、信仰などについて、農民に面接して聞き取り調査を実施する。この面接・聞き取り調査自体は個人に対して行われるが、被面接者個人の意識や態度を尋ねることが目的ではなく、個人を地域社会についての情報提供者として活用するのみである。
その点で、面接して一次データを取得することは同じでも、個人の意識や態度そのものを調べる質問紙法調査(統計的調査)とは本質が異なっている。
地域社会調査では、特定(一つまたは少数)の地域社会を事例(ケース)として選び、これを調査対象とするので、事例調査(ケース・スタディ)と呼ばれる。
鈴木栄太郎によれば、地域社会調査が事例調査であるならば、「モノグラフ」の作成を目的とした調査である。モノグラフというのは、特定(一つまたは少数)の事例:特定の農村や都市 を詳しく記述した調査報告書のことをいう。
地域社会調査において、集めたデータそれ自体の記述を目的とするため、データの統計解析は必要がない。集めたデータ記述それ自体で調査報告書となる。
農村調査
都市調査
統計的調査
標準化された質問紙(questionnaire, Fragebogen)を用いて、多数の被調査者から面接法・郵送法によって答えを得て、それらの答えを集計して統計解析を行う、大規模観察型の社会調査を、事例調査と対比させる形で統計的調査という。
統計的調査は、多数の被調査者に標準化された形式で一律の質問をする必要性から、必ず質問紙(現代では電子データ越しのことも多いが)を用いることから、質問紙法調査とも呼ばれている。
この型の社会調査は20世紀初頭のアメリカで始まり、日本では、社会学者による社会調査法の最初の解説書であった戸田貞三『社会調査』(1933)の第三章「全体調査または統計的調査法」、第四章「部分調査または選択的調査」として初めて体系的に解説された。
日本では、国勢調査の開始(大正9年)が西洋先進国よりずっと遅く、サンプリング(標本抽出)法を用いた世論調査は戦前にはほとんど実施されてこなかった。戦前日本では世論調査の必要性そのものが認識されていなかった。なぜなら、戦前の日本では民主主義が十分に発達していなかったため、世論が政治(社会)を動かすという事態(可能性)は想定されてこなかったからだ。
世論調査の日本での普及は、戦後のGHQ(総司令部)を通じてアメリカから輸入されたことによる。GHQは日系2世を面接官に使って、占領下の日本の意識調査を実施した。おそらく、一般の日本人がこの種の調査を体験したのはこれが初めてであったと推測される。
個人の意識・態度・意見が調査主題である場合、質問紙法による統計的調査の被調査者は、もちろん個人である。しかし、家計調査のように、観察単位が家族である場合、世帯が被調査者とされることもある。世帯が被調査者である場合、被調査者個人は特定されないが、当該事項についての情報提供者として、世帯主または(もはや死語に近いが主に家計を預かっていたという意味で)主婦が被面接者ないし記入者となることを求められることもあった。
世帯より大きな単位、例えば事業所や企業が被調査者となる場合もある。この場合には、事業所や企業が観察単位となり、それらの事業所や企業の当該調査事項に詳しい担当者が被面接者・記入者となることを求められる。
また、事業所や企業の単位で事例調査の対象とされる場合には、事業所内・企業内の多数の個人が被調査者として求められることもある(例:モラール・サーベイ、従業員態度調査等)。
統計的調査の被調査者は最終的には個人であるが、調査対象は、地域社会調査と同様に、地域社会(特定自治体、あるいは全国)に設定されることも多い。その場合には、調査対象地域は市町村・都道府県・県ブロック/地域(首都圏等)、日本全国等といったレベル付けがなされる。
調査対象地域が決まったら、当該地域に居住する全個人(または全世帯)が調査対象となる。これを母集団という。しかしながら、全個人(全世帯)に実際に面接することは、物理的に困難なことが多く、国勢調査以外では通常は実施不可能に近い。
そこで、母集団の中からランダム・サンプリング(無作為抽出)によって一定数の被調査者を抽出し、全体の縮図を作り、縮図(標本)が全体(母集団)の代用として活用されることが多い。
全体(母集団)は極めて多数に上り、それに比例して含まれる人々の多様性も上がることでそれぞれの個人の異質性が大きくなる。そのため、縮図(標本)の範囲があまりに小さいとサンプリング誤差が大きく出てしまうことになるので、有効な分析ができなくなる恐れが出てくる。
であるから、統計調査は可能な限り、大規模な「大量観察」となる傾向が強くなる。
意識調査(態度調査)⇔ 事実調査
質問紙法調査には、個人の意識・態度・意見を尋ねることによって、特定地域住民あるいは全国民の意見分布を知ることを目的とする「意識調査」「態度調査」と、出身・家族・学歴・職業・所得・財産・家計のような個人または世帯についての属性としての客観的事実を訊ねることによって、それらの分布を知ることを目的とする「事実調査」との2種類がある。
- 「意識調査」「態度調査」:世論調査
- 「事実調査」:国勢調査、家計調査、社会階層調査
これら2種類の調査は目的は異にするが、質問項目としてはある程度までひとつの質問紙の中に一緒に盛り込むことが可能である。
そのため、調査の実施段階において、個々の調査自体を意識調査(態度調査)か、それとも事実調査かを厳密に分けることは難しい。
その他調査テーマに基づく分類
社会調査の研究テーマは極めて多種多様である。
- マクロ社会学的なテーマ
- 家族調査(世帯調査)
- 地域社会調査(農村調査、都市調査)
- 産業・労働調査(事業所調査、企業調査、労働組合調査)
- 社会階層調査
- ミクロ社会学的なテーマ
- 個人の意識・態度・意見の調査
- 政治・法意識
- 消費・貯蓄意識
- 青年の意識
- 老人の意識
- 女性の意識
- 社会福祉
- 教育
- 保険・医療
- 社会病理(犯罪・非行)
- 文化・宗教
- ライフスタイル・余暇行動・消費行動
- 投票行動
- 個人の意識・態度・意見の調査
社会史研究(過去の事実についての調査)
一次データ作成方法として、社会調査には、時間的制約という非常に重要な制約が存在する。
社会調査の俎上に乗せられるのは、通常は現在の社会事象に限定される。質問紙法による社会調査は、現在の世代に質問紙を用いて面接を行い、得られた回答をもって一次データとする。
それゆえ、質問紙法による調査は過去の事実についてのデータを得るのには適さない。質問紙法調査においても、「想起質問」という形で、現在世代の記憶を頼りに過去の事実をデータ化するアプローチも確かに採用することは可能である。
しかし、この方法に頼ったとしても、答えの信憑性を検証する術はなく、また正確でかつ詳細な過去の事実を明らかにするにはおのずと限界がある。
また、想起質問は、被調査者の知らない遠い過去にまでは遡ることができないから、調査し得る時間の幅(遡れる時間の程度)にも限度というものがある。
それゆえ、社会調査は、残念ながら社会史研究の方法論とはなりにくい。社会史研究はむしろ、歴史学的方法論に頼らざるを得ない。
ここで「社会史」とは、社会学の歴史部門、具体的には家族史や農村史、都市史のことを指す。社会史は、社会学と同様に、狭義の社会を研究対象とし、通常の社会学との差異は、狭義の社会の現在ではなく過去(および過去の変遷)を研究対象とする点にある。
そのため、通常の社会学と社会史とは、基礎概念や理論的枠組みは共有し得る。社会史は、過去の社会学的事実を経験的方法によって研究するものであるから、経験社会学の一形態と看做すことができる。
実際に、社会学者も家族史・農村史・都市史の研究に従事することがある。社会学者の戸田貞三に「宗門帳に於て観られる家族構成員」という論文があり、徳川時代の農家の家族構成に興味を持っていた。
このような場合、過去の家族データを得るために、宗門人別帳を求めて農村に出かけるのは、社会学者が歴史学の研究方法を使っているだけで、社会調査のためとは言わない。ただ、農村調査の目的に即して、社会史のデータを探索するのである。
社会学の構造 The Structure of Sociology
理論 | 経験 | 歴史 | 政策 | ||||
総論 | 社会学原理 | 経験社会学 | 社会史 社会学史 (学説史) 第一世代 第二世代 (マクロ社会学) (ミクロ社会学) | 社会問題 社会政策 | |||
社会調査 統計的調査 計量社会学 | |||||||
ミクロ社会学 | 行為者の内部分析 | 自我理論 社会意識論 | ミクロ社会 調査・解析 | ミクロ 社会史 | ミクロ 社会政策 | ||
社会システム内の相互行為 と社会関係分析 | 相互行為論 役割理論 社会関係論 社会的交換論 | ||||||
マクロ社会学 | 社会システム 構造論 | マクロ社会 調査・解析 | マクロ 社会史 | マクロ 社会政策 | |||
社会システム 変動論 | |||||||
領域社会学 | 内包的領域 社会学 | 基礎集団 | 家族 | 家族社会学 | 家族調査 | 家族史 | 家族政策 |
機能集団 | 企業 | 組織社会学 産業社会学 | 組織調査・ モラール調査 | 組織史 労働史 | 経営社会政策 労働政策 | ||
全体社会 ×社会集団 | 国家 | 国家社会学 | 国勢調査 | 国家史 | 福祉国家政策 | ||
地域社会 | 農村 | 農村社会学 | 農村調査 | 農村史 | 農村政策 | ||
都市 | 都市社会学 | 都市調査 | 都市史 | 都市政策 | |||
準社会 | 社会階層 | 社会階層理論 | 社会階層調査 | 社会階層史 | 不平等問題 | ||
外延的領域 社会学 | 経済 | 経済社会学 | 経済行動・ 市場調査 | (経済史) | (経済政策) | ||
政治 | 政治社会学 | 投票行動・ 政治意識調査 | (政治史) | (政治政策) | |||
法 | 法社会学 | 法行為・ 法意識調査 | (法制史) | (法政策) | |||
宗教 | 宗教社会学 | 宗教行為・ 宗教意識調査 | (宗教史) | (宗教政策) | |||
教育 | 教育社会学 | 教育行為・ 教育意識調査 | (教育史) | (教育政策) |
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