概要
ミクロ社会学は「行為」の社会学である。行為は欲求を充足するためになされるから、欲求充足が達成される効率、合理性が問題とされる。
合理的行為のモデルとしては、経済学で用いられる「ホモ・エコノミクス」がある。社会学の役割理論においては、「ホモ・ソシオロジクス」を仮定する必要がある。
「ホモ・ソシオロジクス」の仮定に立って、「社会的交換理論」が提示されることになる。
ミクロ社会
行為という概念を個人を行為主体とするものに限定し、個人の行為というレベルで捉えられた社会をミクロ社会と定義する。
コント、スペンサーといった第一世代の社会学者は、マクロ社会学の概念しか有していなかった。彼らの社会についての見方は有機体説で、マクロ社会それ自体に単一の頭脳があるかのような説明をした。
これでは、社会システムのメカニズムは説明できても、「社会の中の個人」については思いが至らない。
20世紀に入って、ジンメルがミクロ社会学の概念を定立した。彼の用いた「心的相互作用」という語は、相互行為を概念化したものである。ジンメル自身はミクロ社会学という語を持ちなかったし、日本では、ジンメルの社会学は「形式社会学」と呼ばれてきた。
ミクロ社会学という概念を必要とする理由は、
❶ 本来単一の意志を持たないマクロ社会が、いかにして構成員たる個々人の意志の集約を成して、マクロ社会としての行為(パフォーマンス)を実施できるようにするかのメカニズムを解析したい
❷ 我々が観察し得るのは個人の行為であり、マクロ社会それ自体は観察することができない
❸ マクロ社会における「価値システム」を推論するために、個々人の抱いている価値観をヒアリングする必要がある
行為
「行為」とは、欲求によって動機づけられ、欲求充足によって完結する、環境関連的・状況関連的な目的達成プロセスである。
目的が達成されなくても、行為者が目的達成を断念すれば、行為はそこで中断される。しかし通常は、充足されなかった欲求は解消されることなく持続する。短期的には欲求不満として蓄積され、長期的には何らかの代償行為が動機づけられる。
- 行為者は、自身の内側に主観的な欲求・動機・目的を持ち、それらの欲求・動機・目的の充足ないし達成を目指して行為する。
- 行為者は、自身の外側にあって自身と相互行為している他者が形成する社会システム・文化システムなどを所与の環境とする。
- 行為者は、自身の主観的な欲求・動機・目的に社会システム・文化システムを取り込むことによって状況規定を行い、この状況規定が行為をガイドする。
- 所与の環境の中で自身の欲求・動機・目的が達成されないとき、行為者は社会システム・文化システムに働きかけて、これを変えようとする動機づけを持つ。
行為の合意性
マックス・ヴェーバーが行為の四類型を定めた。
- 目的合理的行為
- 効用最大化の原理(ミクロ経済学):完全情報の条件を満たして可能な選択肢の全てを試す
- 満足定理・制限された合理性:主観的な満足基準を設定してそれを満たせば良しとする
- 合理的選択理論
- 明確な目的を持ち、その目的達成を目指して、可能な限り適合的な手段を探索する行為は合理的である
人間の行為には感情的な要素や伝統的要素が含まれているため、全ての人間行為が合理的行為であるとはいえない。行為を目的達成過程として定義する限り、最小限度の合理性の契機は、全ての行為に含まれている。
ホモ・エコノミクス VS ホモ・ソシオロジクス
ホモ・エコノミクスは、功利主義的観点から、経済的利得の最大化基準および利己主義基準によって、一面的に抽象化された人間の理念型である。
- 「経済的利得を最大にする」という合理主義の基準
- 「他者の感情や態度には一切配慮しないし影響も受けない」という利己主義・個人主義の基準
ホモ・ソシオロジクスは、合理性基準を非物的ないし精神的報酬にまで広げ、個人の社会化という観点から、役割人間として行為する個人という視点を強調した理念型である。
- 行為に対する報酬は必ずしも経済的利得には限らない
- 役割人間:個人的事実と社会的事実との接点において社会に前もって形成されている役割の担い手として行為する人間
相互行為と社会関係
人間が個人単独で成し得る能力は限定的なので、より多くの欲求充足のためには、他者との相互行為を通じて、個人単独の場合より大きい相互満足を実現することができる。
そのため、個々人が欲求充足のために実践する行為の大部分は、様々なメディアを媒介として相互行為ないし社会的行為となる。
単独個人の行為はまだ社会以前であるから、ミクロ社会の構成単位は、これらの相互行為ないし社会的行為に求められる。
種別 | 内容 | 例 |
---|---|---|
ゲマインシャフト行為(関係) | 他者が直接的な欲求の対象となる | 夫婦・親子・親しい友人関係 |
ゲゼルシャフト行為(関係) | 他者が手段的に必要とされる | 仕事上の協力関係、市場的交換 |
相互行為は、反復され持続することが行為者によって期待されるとき、社会関係を形成する。社会関係が制度として固定されるようになると、役割期待や行為規範はある程度確定的となり、その中での地位の保持者は社会化によってそれを内面化する。
例 単なる友人関係(友好関係)➡ 夫婦関係・師弟関係・上司部下関係
社会関係のこのような制度化は、社会構造の形成を導く。
社会的交換
相互行為を通じて相互満足の実現というプロセスから、相互行為を交換関係として捉えるという着想が生まれる。これが社会的交換である。
特に、相互行為がゲゼルシャフト行為である場合、市場において貨幣をメディアとして自発的合意によって行われる財・サービスの交換という市場的交換が目で見て分かりやすく行われるため、社会的交換として明確にイメージすることができる。
互いに自身が所有する財の内、限界効用がより小さい一部を市場で手放し、相手の所有する財の内、放出する財より限界効用が大きい財と交換することで、お互いの満足(効用)を増やすことができる。
このようにして、より社会全体の効用が大きくなるような資源配分を両者の合意に基づき変更できる。こうした効用最大化された状態をパレート最適という。
ゲゼルシャフト行為としての経済的交換に限らず、相互行為においては、貨幣のみに頼らず、何らかのサービス、助力、好意、愛情、尊敬、服従、忠誠などが、何らかの反対給付と引き換えに交換されるという社会的交換が一般的に成立する。
何らかの非貨幣的費用を支払うことなしには獲得することができない社会的資源を社会財という。社会財と社会財とを、相互行為の両当事者の自発的な合意によって交換し、両当事者がともに満足に達することができることが社会的交換である。
社会的交換には価格が無いから、交換が正確に「等価」であることを客観的に示すことはできず、理念的な「内的報酬」に関わるものになる。
それゆえ、交換における公正という問題が経済的交換よりも一層重要になる。
公正の観念の確立、つまり社会的交換が成立するためには、交換相手との間に、価値の共有や価値の制度化がなされていることが不可欠の条件となる。
自我形成と役割形成
- 自我
- 主我:先天的に持って生まれた個性、何物にも束縛されない自己主張の側面
- 客我:社会化によって後天的に形成される側面、自分の中に他者がいて、他者から自我が監視されているという拘束される感覚のもの
人間は自我意識を持つ。自我意識は生まれたときはまだ白紙で、他者との相互行為を通じて学習されたものが内面化され蓄積されていくことによって形成される。
自我形成の過程は、自我を外側から監視している他者が、自我の中に入ってくる過程である。その他者は、自我に対して様々な役割期待を課する他者でもあるから、自我形成の過程は同時にまた役割形成の過程でもある。
ある地位の占有者が、彼の地位のゆえに他者から課せられる義務、彼の地位のゆえに制度的に付与される権限、彼の地位のゆえに守ることを期待される行動様式などの総体を「役割」という。
例 父役割、母役割、教師役割、生徒役割、上司役割、部下役割
- 地位:他者との関係の在り方を定めた構造
- 役割:その地位の機能
役割とは、社会システムが必要とする機能を、個人が担う分担分である。個人の行為を、欲求充足という個人レベルから、社会システムにおける機能的必要の充足という社会レベルにスイッチさせる。
社会学の構造 The Structure of Sociology
理論 | 経験 | 歴史 | 政策 | ||||
総論 | 社会学原理 | 経験社会学 | 社会史 社会学史 (学説史) 第一世代 第二世代 (マクロ社会学) (ミクロ社会学) | 社会問題 社会政策 | |||
社会調査 統計的調査 計量社会学 | |||||||
ミクロ社会学 | 行為者の内部分析 | 自我理論 社会意識論 | ミクロ社会 調査・解析 | ミクロ 社会史 | ミクロ 社会政策 | ||
社会システム内の相互行為 と社会関係分析 | 相互行為論 役割理論 社会関係論 社会的交換論 | ||||||
マクロ社会学 | 社会システム 構造論 | マクロ社会 調査・解析 | マクロ 社会史 | マクロ 社会政策 | |||
社会システム 変動論 | |||||||
領域社会学 | 内包的領域 社会学 | 基礎集団 | 家族 | 家族社会学 | 家族調査 | 家族史 | 家族政策 |
機能集団 | 企業 | 組織社会学 産業社会学 | 組織調査・ モラール調査 | 組織史 労働史 | 経営社会政策 労働政策 | ||
全体社会 ×社会集団 | 国家 | 国家社会学 | 国勢調査 | 国家史 | 福祉国家政策 | ||
地域社会 | 農村 | 農村社会学 | 農村調査 | 農村史 | 農村政策 | ||
都市 | 都市社会学 | 都市調査 | 都市史 | 都市政策 | |||
準社会 | 社会階層 | 社会階層理論 | 社会階層調査 | 社会階層史 | 不平等問題 | ||
外延的領域 社会学 | 経済 | 経済社会学 | 経済行動・ 市場調査 | (経済史) | (経済政策) | ||
政治 | 政治社会学 | 投票行動・ 政治意識調査 | (政治史) | (政治政策) | |||
法 | 法社会学 | 法行為・ 法意識調査 | (法制史) | (法政策) | |||
宗教 | 宗教社会学 | 宗教行為・ 宗教意識調査 | (宗教史) | (宗教政策) | |||
教育 | 教育社会学 | 教育行為・ 教育意識調査 | (教育史) | (教育政策) |
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