計算式
運転資本回転率は、企業が日々の営業を続けるために必要な運転資本をどれだけ効率的に本業たるビジネスに活用して売上高を稼ぎ出しているかという観点から資本効率性を測る指標である。
日本語では、標題の他に「営業運転資本回転率」という言い方もある。英語では表題にもある「Working Capital Turnover Ratio」が一般的だが、その他に「Turnover of Working Capital」「Turnover Rate of Working Capital」という言い方もある。
また、とある一定期間の一定額の運転資本から、その何倍の売上高を生み出せるかを問うことは、売上高が増加していくためのスピード(所要時間)の長短も同時に見ていることになる。
この指標の単位は「回転」で、一単位の運転資本から何単位の売上高を生み出せるかの効率を表す。
割り算の式の形から、「倍率」すなわち、「運転資本の何倍の売上高を上げることができたか?」だと慣れないうちは理解しておけば、その内、「回転」としての感覚も養われていくかもしれない。
(但し、本義は年間売上高を稼得するために必要な運転資本を何回転させたかを問うものである)
100を掛けて百分率(%)で表記することもある。
\( \displaystyle \bf 運転資本回転率= \frac{売上高}{平均運転資本} \)
P/L項目、ここでは売上高が1年未満の期間におけるものの場合は、年平均値に換算する必要がある。月次売上高ならば12倍、単四半期売上高ならば4倍する。
B/S項目、ここでは運転資本には、平均残高(平残)を用いる。平均残高は、期首期末の平均値であり、(期首残高+期末残高)÷2 で求める。
仮に、売上高が単四半期の場合、運転資本も同じ単四半期の期首期末の値を用いて平均残高を計算する必要がある。年平均残高は用いない。但し、単四半期の計算結果は年平均のものとはかけ離れてしまうことには留意すべきである。
例
年間売上高 1200
期首運転資本 100(3月決算の場合、4/1時点の在高)
期末運転資本 300(3月決算の場合、3/31時点の在高)
\( \displaystyle \bf 運転資本回転率= \frac{1200}{\left(\frac{100+300}{2}\right)} = \frac{1200}{200} = 6.0 回転\)
- 売上高:製商品・サービスを販売して得られる収益
- 運転資本:資材の調達や給与、経費の支払などに充てられる短期的な資金
- 【原則法】運転資本=売上債権+棚卸資産-買入債務
- 【簡便法】運転資本=流動資産-流動負債
定義と意味
運転資本回転率は、「効率性分析」「Activity Ratio」の代表的なもののひとつである。
在庫の増加や売掛金の増加など、運転資本が増加することで運転資本回転率は低下し、買入債務が増加して運転資本が減少すれば運転資本回転率は上昇する。
企業が運転資本と同額の売上高を稼げれば、運転資本を1回分使用して売上を稼いだという風に解する。運転資本の2倍の売上高を稼げれば、運転資本を2回分使用して売上を稼いだことになる。
この単位の数え方は、投資→投資リターンの回収を、運転資本の在高→売上高 という関係に擬していることによる。
売上高として投資回収された金額を再び運転資本に投下して次のビジネス起ち上げ(または継続)することで、次の売上高を稼ぎ、またその稼ぎをさらにその次の売上高を稼ぐために投資したとなれば、
運転資本に対する初期投資→売上高1→稼いだ増加資本を運転資本へ再投資→売上高2→稼いだ増加資本を運転資本へ再々投資→売上高3
という投資サイクルを形成すると考えられる。
この時、棚卸減耗損・貸倒引当金とか追加投資による増加分とか小難しいことは一旦脇に置いて、運転資本への初期投資額をそのまま繰り返し活用して、初期投資額と同額の売上高1と売上高2と売上高3を稼いだとすれば、3÷1=3回転 と簡明に回転計算ができる。
貸借対照表(B/S)の借方に位置する各資産項目を用いて計算される、流動資産回転率、棚卸資産回転率、売上債権回転率などとは異なり、貸方の負債項目も併せて考慮することで、事業に投下された総資本ベースではなく、買掛金・支払手形のような負債項目による資金調達分を差し引く(ネットする)ことで、純額ベースでの回転資金の資金効率性を測ることができるため、より実践的な計数管理が行える。
グロスで計算される各資産項目による指標は、いずれかの資産項目に投資がなされ、その投資アイテムごとに売上高を稼ぐ効率性(回転率)を見ることが主眼であり、それぞれの資産アイテムに対する収益獲得への貢献度を示している。
一方で、運転資本回転率は、実質ベース(純ベース、ネットベース)の運転資本効率を示すものである。
運転資本は、正常営業循環の中に投下される運転資金(運転資本)そのものであるから、まさに、事業運営上の核心部分の資金効率を体現するものである。
正常影響循環は、「買って(→作って)→売って→資金回収する」の一連の営業サイクルのことを指す。
「買って」は買入債務と在庫(材料・商品)となり、「作って」は仕掛品と製品となり、「売って」は売上高と売上債権となり、「資金回収する」は売上債権が元の手元流動性(現預金)に戻る。
このことから、運転資本回転率は、ビジネスの根幹にある資金循環のフロー効率を等身大で表すものであることが分かる。
運転資本の計算方法の違いにより、計算された後の資金繰り対策の方策選択の考え方が少々異なる。
【原則法】「運転資本=売上債権+棚卸資産-買入債務」の場合
原則法に則り計算された運転資本回転率は、実際に事業回転に供された資金のみで計算されている。最もシビアに見た計数となる。これを改善するには、SCMなどのプロセス改善を継続していく地道な努力が必要となることが多い。
仮に、原則法による運転資本が不足した場合は、新規で資金調達する前に、手元流動性(現預金、換金が容易な有価証券)を活用できる余地がまだある。
【簡便法】「運転資本=流動資産-流動負債」の場合
簡便法に則り計算された運転資本回転率は、実際に事業回転に供された資金に加えて、手元流動性(現預金、換金が容易な有価証券)や貸倒引当金、諸処の経過勘定もカウントされる。
そのため、この回転率を改善するには、原則法によるケースに加えて、余剰な待機資金を処分するとか、ビジネスの贅肉を削いで、発生する経過勘定を抑制したり、貸倒引当率を厳しく精査することでも改善が期待できる。
解釈と使用法
ベンチマーキング指標
運転資本回転率の値を大きくすることは、より小さい規模の運転資本を有効活用してより大きい売上を稼ぐことを意味する。
運転資本回転率は割り算の商だから、分子の売上高が増加すれば回転率自身も大きくなるし、分母の運転資本が大きくなれば、回転率は逆に小さくなる。
一般的には、回転率系の経営指標の値は高ければ高いほど、良好な効率性を示すと解釈され、一方通行的により高くすることが望ましいと論評されることが多い。
但し、「運転資本営業利益率」というROI系の指標を想定した場合、運転資本回転率はその一変数に過ぎない。
\( \displaystyle \bf 運転資本営業利益率= \frac{営業利益}{運転資本} = \frac{営業利益}{売上高} \times \frac{売上高}{運転資本} \)
\( \displaystyle \bf 運転資本営業利益率= 売上高営業利益率 \times 運転資本回転率 \)
ここから、例えば製品差別化による高マージンが得られるビジネスと、薄利多売でマージンより量販を信条とするビジネスとでは、目標とすべき運転資本回転率にある程度の幅が生じていることは想像に難くない。
それゆえ、業種や企業規模ごとの適正値のレンジ幅をきちんと踏まえたうえで、
逆に、運転資本回転率が大きくなると、一単位の売上高を稼ぐために必要な運転資本への投資額を節約でき、同時に現金を回収するまでの期間を短くすることが可能になるため、
という一定の評価を行うことができる。
業界平均値の分析
前節で述べた通り、ベンチマーキング指標としての使用法では、運転資本回転率は単純に高ければよいというわけではなく、適正値からの外れ具合を見れるようにしたい。そのためには、業種別の平均値が使い勝手の良い基準となることが多い。
2022年度『法人企業統計』から、運転資本回転率の概算値を算出した。算出に当たって必要な指標はデータ項目の関係から下記のように定義した。
\( \displaystyle \bf 運転資本回転率 = \frac{売上高}{平均運転資本} \)
- \( \displaystyle \bf 平均運転資本 = \frac{当期末残高+前期末残高}{2} \)
- 運転資本 = 受取手形 + 売掛金 + 製品又は商品 + 仕掛品 + 原材料・貯蔵品 -(受取手形割引残高 + 支払手形 + 買掛金)
\( \displaystyle \bf 売上高営業利益率 = \frac{営業利益}{売上高} \)
\( \displaystyle \bf 運転資本営業利益率 = \frac{営業利益}{平均運転資本} \)
●業種別サマリ版ランキング
●業種別ランキング
●運転資本回転率の散布図
ランキング表から分かることは、主要業種の内、「サービス業」「卸売業・小売業」は、運転資本回転率が高く、それ以外の主要業種は業種平均値に近傍しているという2極化が起きていることである。
それは、運転資本回転率と売上高営業利益率による散布図で見れば一目瞭然である。
一般的に、所定の運転資本営業利益率をはじき出すには、運転資本回転率と売上高営業利益率の乗算となることは知られている。
よって、運転資本回転率を高めるビジネスモデルを採用すれば、売上高営業利益率を犠牲にして、薄利多売としての量で利益額を確保する動きになるし、売上高営業利益率を高めるビジネスモデルを採用すれば、付加価値を高めるための差別化を図ろうとするため、どうしてもコストアップが回避できずに、在庫評価額や債権回収期間が間延びしてしまうのが通常である。
それゆえ、近似直線は右肩下がりとなるため、第2象限と第4象限にポジショニングされる業種は、上記の王道通りのビジネスモデルを採用していることになる。
こうして散布図にして眺めてみれば、「サービス業」「卸売業・小売業」も全体の分布に埋もれて見えることから、一般的な理論(薄利多売型 v.s. 高付加価値型)の枠組みに収まっていることが分かる。
散布図上で際立って異常値となっているのは「学術研究、専門・技術サービス業(集約)」である。これも、そこに含まれる業種内容を見ればタネが明らかで、「純粋持株会社」がそこに含まれているが故である。
純粋持株会社は、通常の事業会社ではないので、極端に売上高と運転資本額が小さく計算されてしまう。そのため、異常に高い運転資本回転率と売上高営業利益率が同時に達成されたような外見を持たざるを得ないのである。
この種の計数分析は、異常値を示すものの異常さ加減の理由を特定することで、全体の特徴が改めて実感できるものなのである。
シミュレーション
以下に、Excelテンプレートとして、FY17~FY22のトヨタ自動車の実績データをサンプルで表示している。
入力欄の青字になっている「期間」「営業収益」「営業利益」「営業債権」「棚卸資産」「営業債務」に任意の数字を入力すると、表とグラフを自由に操作することができる。
これらの値は、EDINETにて公開されている有価証券報告書から取得したものである。
どんな入力をしても、元ファイルが壊れることはない。入力し直したい、元に戻したい場合は、画面を更新(F5押下など)すれば、初期値に戻る。
自分の手元でじっくり検証したい場合は、上記のダウンロードボタンから、Excelをダウンロードすることをお勧めする。
トヨタ自動車の売上高営業利益率は超安定推移を見せており、新型コロナ禍でも微動だにしなかった、とは言い過ぎだが、大きく変動することはなかった。
しかしその変化は全くセオリー通りであった。
FY20をピークに2年連続で運転資本回転率が悪化している。しかし、FY20からFY21にかけて、運転資本営業利益率が7.8ポイント上昇しており、これは、運転資本回転率の悪化を売上高営業利益率の上昇で打ち消す動きがあったが故である。
また、FY21からFY22にかけては、売上高営業利益率の悪化が、運転資本回転率の低下に輪をかけて、運転資本営業利益率の悪化を促進している。
また、FY21からFY22にかけては、売上高営業利益率の悪化が、運転資本回転率の低下に輪をかけて、運転資本営業利益率の悪化を促進している。
しかしながら、常態的に100%近辺にある運転資本営業利益率が示す通り、トヨタ自動車のSCMの底力を新型コロナ禍であってもまざまざと見せつけられた感がある。
参考サイト
同じテーマについて解説が付され、参考になるサイトをいくつか紹介しておく。
[財務諸表分析]比率分析指標の体系と一覧
1 | 財務諸表分析の理論 | 経営分析との関係、EVAツリー |
2 | 成長性分析(Growth) | 売上高・利益・資産成長率、持続可能成長率 |
3 | 流動性分析(Liquidity) | 短期の支払能力、キャッシュフロー分析 |
4 | 健全性分析(Leverage) | 財務レバレッジの健全性、Solvency とも |
5 | 収益性分析(Profitability) | ROS、ROA、ROE、DOE、ROIC、RIなど |
6 | 効率性分析(Activity) | 各種資産・負債の回転率(回転日数)、CCC |
7 | 生産性分析(Productivity) | 付加価値分析、付加価値の分配 |
8 | 市場指標(Stock Market) | 株価関連分析、株主価値評価 |
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